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【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

クリスティアーノ・ロナウド

サッカー

概略

【人類の頂点】C.ロナウドの凄すぎるテクニック42連発!!
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 1985年2月5日(35歳)
出身地 フンシャル
身長 189cm
体重 85kg

 

ポジションはフォワード(ウイング、センターフォワード)。

 

利き足は右。

 

愛称はCR7ロニー

 

日本のメディアからはクリロナとも呼ばれる。

 

サッカー関係者からしばしば世界最高の選手と評されるプレイヤー。

 

所属した4チーム全てにおいてリーグ戦または国内スーパーカップでの優勝を経験しており、UEFAチャンピオンズリーグを5度制覇している。

 

イングランドプレミアリーグで3度、スペインリーガ・エスパニョーラで2度、2019年にはイタリアセリエAでも優勝し、欧州三大リーグで優勝した史上初の選手となった

 

UEFAチャンピオンズリーグで7度得点王を獲得し、バロンドールを受賞するなど数々の栄誉を手にした。

 

また、レアル・マドリードの通算最多得点記録、プレミアリーグのシーズン最多得点記録、UEFAチャンピオンズリーグの通算最多得点記録・同シーズン最多得点記録などで、数々の記録を打ち立てている。

 

ポルトガル代表では主将を務めており、同国代表の歴代最多出場記録、欧州国家における代表最多得点記録の保持者であると共にUEFA欧州選手権の通算最多出場、最多得点記録保持者でもある。

 

UEFA EURO 2016では主将としてポルトガルを主要な国際大会初優勝に導いた。

 

獲得タイトル

クラブ

 

スポルティングCP
  • スーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ:1回 (2002)
マンチェスター・ユナイテッドFC
  • プレミアリーグ:3回 (2006-07, 2007-08, 2008-09)
  • FAカップ:1回 (2003-04)
  • フットボールリーグカップ:2回 (2005-06, 2008-09)
  • FAコミュニティ・シールド:2回 (2007, 2008)
  • UEFAチャンピオンズリーグ:1回 (2007-08)
  • FIFAクラブワールドカップ:1回 (2008)
レアル・マドリード
  • リーガ・エスパニョーラ:2回 (2011-12, 2016-17)
  • コパ・デル・レイ:2回 (2010-11, 2013-14)
  • スーペルコパ・デ・エスパーニャ:2回 (2012, 2017)
  • UEFAチャンピオンズリーグ:4回 (2013-14, 2015-16, 2016-17, 2017-18)
  • UEFAスーパーカップ:3回 (2014, 2016, 2017)
  • FIFAクラブワールドカップ:3回 (2014, 2016, 2017)
ユヴェントス
  • セリエA:1回 (2018-19)
  • スーペルコッパ・イタリアーナ:1回 (2018)

代表

 

ポルトガル代表
  • トゥーロン国際大会:1回 (2003)
  • UEFA欧州選手権:1回 (2016)
  • UEFAネーションズリーグ:1回 (2018-19)

個人

  • バロンドール (FIFAバロンドール):5回 (2008, 2013, 2014, 2016, 2017)
  • FIFA最優秀選手賞 (FIFAバロンドール):5回 (2008, 2013, 2014, 2016, 2017)
  • UEFA欧州選手権ベストチーム:3回 (2004, 2012, 2017)
  • エンターテイニングチーム賞:1回 (2006)
  • ブラヴォー賞:1回 (2004)
  • さいたまシティカップMVP (2007)
  • UEFAチーム・オブ・ザ・イヤー:11回 (2004, 2007, 2008, 2009, 2010, 2011, 2012, 2013, 2014, 2015, 2016)
  • サー・マット・バスビー・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー:3回 (2003-04, 2006-07, 2007-08)
  • PFA年間ベストイレブン:4回 (2005-06, 2006-07, 2007-08, 2008-09)
  • PFA年間最優秀若手選手賞:1回 (2006-07)
  • PFA年間最優秀選手賞:2回 (2006-07, 2007-08)
  • FWA年間最優秀選手賞:2回 (2006-07, 2007-08)
  • バークレイズ年間最優秀選手賞:2回 (2006-07, 2007-08)
  • プレミアリーグ月間最優秀選手:4回 (2006年11月, 2006年12月, 2008年1月, 2008年3月)
  • ESMワールドイレブン:7回 (2006-07, 2007-08, 2010-11, 2011-12, 2012-13, 2013-14, 2014-15)
  • プレミアリーグ得点王:1回 (2007-08)
  • ヨーロッパ・ゴールデンシュー:4回 (2007-08, 2010-11, 2013-14, 2014-15)
  • FIFA FIFPro World XI:11回 (2007, 2008, 2009, 2010, 2011, 2012, 2013, 2014, 2015, 2016, 2017)
  • UEFAチャンピオンズリーグ得点王:7回 (2007-08, 2012-13, 2013-14, 2014-15, 2015-16, 2016-17, 2017-18)
  • UEFAクラブ最優秀FW:1回 (2007-08)
  • UEFA年間最優秀選手:1回 (2007-08)
  • FIFAクラブワールドカップゴールデンボール:1回 (2016)
  • FIFAクラブワールドカップシルバーボール:3回 (2008, 2014, 2017)
  • FIFAクラブワールドカップ得点王:2回 (2016, 2017)
  • FIFPro世界年間最優秀選手:1回 (2008)
  • オンズドール:3回 (2008, 2013, 2014)
  • ワールドサッカー誌年間世界最優秀選手:3回 (2008, 2013, 2014)
  • FIFAプスカシュ賞:1回 (2009)
  • ポルトガル最優秀選手:10回
  • ピチーチ賞:3回 (2010-11, 2013-14, 2014-15)
  • コパ・デル・レイ得点王:1回 (2010-11)
  • トロフェオ・アルフレッド・ディ・ステファノ:3回 (2011-12, 2012-13, 2013-14)
  • UEFA欧州選手権得点王:1回 (2012)
  • ラ・リーガ月間最優秀選手賞得点王:1回 (2013年11月)
  • LFP最優秀選手:1回 (2012–13)
  • IFFHS世界最高得点王:1回 (2013)
  • ESPYアワード最優秀国際アスリート:1回 (2014)
  • UEFA欧州最優秀選手賞:3回 (2014, 2016, 2017)
  • UEFAチャンピオンズリーグベストチーム:5回 (2013-14, 2014-15, 2015-16, 2016-17, 2017-18)
  • LFPベストプレイヤー:1回 (2013-14)
  • LFPベストフォワード:1回 (2013-14)
  • LFPベストゴール:1回 (2013-14)
  • BBCオーヴァーシーズ・パーソナリティー・オブ・ザ・イヤー:1回 (2014)
  • インターナショナル・チャンピオンズ・カップ最優秀選手賞:1回 (2013)
  • インターナショナル・チャンピオンズ・カップ得点王:1回 (2013)
  • UEFA EURO 2016ベストイレブン
  • UEFA EURO 2016シルバーブーツ
  • UEFAチャンピオンズリーグ最優秀FW:2回 (2016-17, 2017-18)
  • FIFAワールドカップ ドリームチーム:2018
  • セリエA 2018-2019年間最優秀選手賞
  • UEFAネーションズリーグベストイレブン 第1回
  • マルカ・レジェンダ – 2019

記録

 

  • レアル・マドリード通算最多得点(364得点)
  • 公式戦6シーズン連続50得点(史上初)
  • リーガ・エスパニョーラ6シーズン連続30得点(史上初)

UEFAチャンピオンズリーグ

 

  • シーズン最多得点(17得点)
  • 通算最多得点(105得点、2016-17シーズン終了時点)
  • 2試合連続ハットトリック ※史上2人目、決勝トーナメントでは史上初
  • 通算最多アシスト(31アシスト)

UEFA欧州選手権

 

  • 通算最多出場(21試合)
  • 通算最多得点(9得点) ※ミシェル・プラティニと並ぶタイ記録

FIFAクラブワールドカップ

 

  • 通算最多得点(7得点)

 

経歴

Cristiano Ronaldo Legendary Skills
クラブ
クラブ 出場 (得点)
2002-2003 ポルトガルの旗 スポルティングCP 25 (3)
2003-2009 イングランドの旗 マンチェスター・U 196 (84)
2009-2018 スペインの旗 レアル・マドリード 292 (311)
2018- イタリアの旗 ユヴェントスFC 52 (42)
代表歴
2001 ポルトガル U-15 9 (7)
2001-2002 ポルトガル U-17 7 (5)
2002-2003 ポルトガル U-20 5 (1)
2003 ポルトガル U-21 10 (3)
2004 ポルトガル U-23 3 (2)
2003- ポルトガルの旗 ポルトガル 164 (99)

 

クラブ

 

スポルティングCP入団後は急成長をみせてユースを駆け上がり、スポルティングの歴史で初めてとなる1シーズンでU-16、U-17、U-18、Bチーム、トップチームで試合に出場した選手となった。

 

2002年10月7日のモレイレンセ戦で初先発を果たすと、クラブ史上最年少ゴールを含む2得点を奪った。

 

しかしその後、すぐさまリスボンを離れることになる。

 

2003年8月に行われたマンチェスター・ユナイテッドとの親善試合後、そのセンスに刮目したアレックス・ファーガソンがロナウドを呼び出して雑談を交わした。

 

ロンドンに帰国する機内で所属選手らに獲得すべきか問うたところ、ロイ・キーンやルート・ファン・ニステルローイらがファーガソンに直接獲得を薦めるなどした。

 

プレミアリーグ2003-04シーズン開幕3日前の8月10日に、10代の選手への移籍金としては当時イングランド史上最高額の1224万ポンド、5年契約でマンチェスター・ユナイテッドへ移籍した。

 

移籍当初はスポルティングCPでつけていた28番を望んでいたが、デビッド・ベッカムがレアル・マドリードへ移籍したことで空いた7番の着用をアレックス・ファーガソン監督から言い渡された。

 

プレミアリーグ2003-04シーズン、オールド・トラッフォードにボルトンを迎えての開幕戦に控えとしてメンバー入りし、後半16分からの途中出場でプレミアデビュー。

 

デビュー戦後、クラブのレジェンドであるジョージ・ベストは「間違いなく最もエキサイティングなデビュー」と称賛した。

 

以後、比較的先発で出場することが多くなるが、控えと先発を行き来するような状態で、ファーガソンが上手く振り分けて成長を促していたとされる。

 

2006-07シーズンは17ゴール14アシストと共に自己最多を記録し、チームの優勝に貢献。

 

自身も1977年のアンディ・グレイ以来30年ぶり史上2人目となるPFA年間最優秀選手賞とFWA年間最優秀選手賞をダブル受賞した。

 

ファンの投票による年間最優秀選手賞にも選ばれ、史上初の三冠達成を果たした。

 

また、2006年11月、12月にプレミアリーグ月間MVPを2か月連続で受賞。

 

ロビー・ファウラーとデニス・ベルカンプに続くプレミア史上10年ぶり3人目の快挙となった。

 

バロンドールの投票ではカカーに次ぐ2位となった。

 

2007-08シーズンは開幕から驚異的な速さでゴールを量産し、公式戦通算42得点を記録した。

 

リーグでは31得点で得点王となり、チームのリーグ2連覇に欠かせない存在であった。

 

PFA年間最優秀選手賞とFWA年間最優秀選手賞を2シーズン連続で受賞。

 

2008年3月19日の対ボルトン戦では、初めてキャプテンマークを巻いて出場した。

 

2007-08シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでも8得点を挙げて得点王を受賞。

 

マンチェスター・ユナイテッドの9シーズンぶり3回目のチャンピオンズリーグ優勝の立役者となった。

 

2008年5月21日に行われた決勝戦では、チェルシーから先制ゴールを奪うも、チェルシーもフランク・ランパードが同点ゴールを決めて反撃。

 

延長戦でも決着がつかずPK戦となり、ロナウドは3人目のキッカーを務めるもペトル・チェフにコースを読み切られて失敗。

 

しかし、チェルシーも5人目のキッカーのジョン・テリーが雨でぬかるんだピッチに足を滑らせて痛恨のミスキックで失敗し、その後エトヴィン・ファン・デル・サールがニコラ・アネルカのキックをセーブし、マンチェスター・ユナイテッドの勝利が決定した。

 

これらの活躍により、この年のバロンドールとFIFA最優秀選手賞をダブル受賞した。

 

2008年夏、かねてよりロナウド獲得を目指していたレアル・マドリードが、移籍成立は時間の問題とメディアを通じてアピールしたことによりロナウドをめぐる移籍騒動が勃発。

 

正式なオファーを出さないまま一方的な発表を行ったことに対してマンチェスター・ユナイテッド側が猛反発し、法的手段も辞さない構えを見せるなど話が大きくなる。

 

ロナウド自身はこの騒動に関し公には沈黙を守っていたが、「子供の頃からの憧れのクラブであるレアル・マドリードへの移籍が実現するかもしれない」と気持ちが傾いていた事を残留宣言の中で認めている。

 

翌年の2009年夏には移籍を希望し、マンチェスター・ユナイテッドも、レアル・マドリードとの移籍交渉を許可した。

 

フロレンティーノ・ペレスが2度目の会長就任を果たしたレアル・マドリードは、打倒バルセロナを目標に掲げ、6月11日にジネディーヌ・ジダンの記録を上回る当時のサッカー界史上最高額の8000万ポンドの移籍金で、ロナウドを獲得した。

 

この年のレアル・マドリードは、ロナウド以外にもバロンドール受賞経験者のカカやリーグ・アンのオリンピック・リヨンの若きエース、カリム・ベンゼマなどの選手を獲得した。

 

移籍初年度は怪我で出遅れたにもかかわらずリーグ3位の26得点を記録。UEFAチャンピオンズリーグではチームはベスト16に終わったものの、自身は6試合で7ゴールを挙げ得点ランキングで試合数が少ないにも関わらず2位タイとなった。

 

翌年は、キャプテンであるラウル・ゴンサレスのブンデスリーガ・シャルケ04への移籍により念願であった背番号7を背負うことになった。

 

ポジションも中央から左ウイングに移って前シーズンを上回るペースで得点を量産。

 

10月22日のラシン・サンタンデール戦ではキャリア初の1試合4得点を記録し、その月は13得点を挙げて自身の月間最多得点記録も更新した。

 

その後もレアル・マドリードで驚異的なペースで得点を量産し、クラブ史上最速での通算50得点を記録した。

 

FCバルセロナとのコパ・デル・レイ決勝では、0-0で迎えた延長前半にアンヘル・ディ・マリアのクロスからヘディングで決勝ゴールを奪い、自身が勝負弱いという批判を一蹴すると共に、レアル・マドリードにとって18年ぶりとなる国王杯優勝へ導いた。

 

5月10日のヘタフェCF戦ではリーガ史上初となるシーズン6度目のハットトリックを達成。

 

シーズンの全大会での総得点数を47とし、1959-60シーズンにフェレンツ・プスカシュが記録したクラブ記録を更新した。

 

最終節のUDアルメリア戦でも2得点を挙げリーガ通算40得点とし、1950-51シーズンのテルモ・サラ、1989-90シーズンのウーゴ・サンチェスの38得点を破るリーガシーズン最多得点記録を更新してリーガ得点王に輝いた。

 

2011-12シーズンは昨シーズンを超えるリーガ46得点、シーズン60得点を記録。

 

得点王こそリオネル・メッシに譲ったものの、レアル・マドリードのリーガ史上初となる勝ち点100での優勝に大きく貢献した。

 

また、リーガではプリメーラ・ディビシオンに参加している、レアル・マドリード以外の19クラブ全てからゴールを挙げた。

 

2013-14シーズンのチャンピオンズリーグ、グループリーグでは9得点を挙げ、フィリッポ・インザーギ、エルナン・クレスポ、ルート・ファン・ニステルローイらの持つグループリーグにおける最多得点記録を更新した。

 

決勝トーナメントでもその勢いは衰えを見せず、合計17得点と1大会における最多得点記録を更新してチャンピオンズリーグ制覇に貢献した。

 

リーグ戦においても31得点を挙げて2度目のリーガ得点王になり、プレミアリーグで31得点を記録したルイス・アルベルト・スアレスと共に自身3度目となるヨーロッパ・ゴールデンシューを獲得した。

 

また、マヌエル・ノイアー、アリエン・ロッベンを抑えて2014年のUEFA欧州最優秀選手賞も受賞した。

 

レアル・マドリードにおけるカリム・ベンゼマ、ガレス・ベイルとの3トップはBBCと呼ばれた。

 

ヨーロッパ王者として出場したFIFAクラブワールドカップ2014では無得点に終わったものの、クルス・アスル戦で2アシストをするなどレアル・マドリードの優勝に貢献し、大会のシルバーボールを受賞した。

 

2015年1月には2年連続となるFIFAバロンドールを受賞した。

 

同年4月5日行われたグラナダCF戦では、8分間でハットトリックを達成するなど5得点を挙げ、レアル・マドリードでの通算300得点を記録する。

 

5月24日のリーグ最終戦では前半34分にPKを決め2試合連続となるハットトリックを記録。

 

後半13分にマルティン・ウーデゴールとの交代により退き、48得点でシーズンを終える。

 

リーグ戦35試合で48得点を記録し、2シーズン連続となるリーガ得点王となった。

 

UEFAチャンピオンズリーグではチームは準決勝で敗退するも、自身は3シーズン連続となる得点王となった。

 

2015年9月12日のエスパニョール戦で5得点を記録したことでリーガ通算得点数を231得点とし、ラウル・ゴンサレスの228得点を抜きクラブ歴代1位に立った。

 

その後、9月30日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ、マルメFF戦で2得点を決めたことによりキャリア通算500得点を超え、レアル・マドリード通算得点でもラウールの持つクラブ最多得点記録に並んだ。

 

12月8日のUEFAチャンピオンズリーグ、マルメFF戦でも4得点を挙げ、UEFAチャンピオンズリーグのグループステージ史上最多となる11得点を記録した。

 

同月15日、UEFAチャンピオンズリーグ・グループステージのベストイレブンに選出された。

 

2016年3月5日のセルタ・デ・ビーゴ戦では通算250得点をリーガ史上最速で記録した。

 

4月9日のエイバル戦で今季リーガ通算30得点目を記録し、史上初の6シーズン連続30得点を記録する。

 

チャンピオンズリーグ準々決勝2ndレグのVfLヴォルフスブルク戦で今季6度目、通算40度目の、同大会史上初となる1大会で3度の、リオネル・メッシと並び最多記録となる同大会通算5度目のハットトリックを記録した。

 

アトレティコ・マドリードとのチャンピオンズリーグ決勝ではPK戦で5人目のキッカーを務めた。

 

2016年11月19日のアトレティコ・マドリード戦でハットトリックを記録。

 

同試合でダービーマッチ通算18ゴールとし、アルフレッド・ディ・ステファノの持つダービーマッチにおける最多得点記録を更新した。

 

12月12日には2年ぶり4度目のバロンドール受賞が決まった。

 

同月に行われたFIFAクラブワールドカップ2016準決勝のクラブ・アメリカ戦では後半アディショナルタイムにゴールを決め、鹿島アントラーズとの決勝戦ではハットトリックを記録。

 

同大会のゴールデンボールに選出されている。

 

2017年12月にアブダビで行われたFIFAクラブワールドカップでは、アル・ジャジーラ・クラブとの準決勝で試合唯一となるゴールを奪った。

 

決勝となる南米代表のグレミオとの一戦でも、後半8分に自らのフリーキックから先制すると、この得点が決勝点となり、チームは大会史上初の2連覇を成し遂げた。

 

これによりクラブワールドカップでの総得点数を7としたロナウドは、大会最多得点記録を更新した。

 

2018年7月10日、レアル・マドリードは、ロナウドが示した意思と要望に基づき、ユヴェントスFCへの移籍で合意したことを発表した。

 

退団理由については度々、会長のフロレンティーノ・ペレスとの不仲が報じられていたが、後にそれが事実だと認めたうえでペレス会長からの敬意の欠如を挙げている。

 

それでもレアル・マドリードに在籍した9年間、438試合で451ゴールを決め、レアル・マドリードの歴代最多得点選手となった。

 

プリメーラ・ディビシオンでは合計311得点を挙げ、メッシに次ぐプリメーラ歴代2位の得点記録、歴代得点ランキング上位10選手では唯一となる1試合1得点を超える得点率を記録した選手となった。

 

合計16のタイトルを獲得し、その中には3連覇を含め、5シーズンでチャンピオンズリーグを4回優勝した。

 

個人としては、レアル・マドリードの選手としてバロンドールを4回、ザ・ベスト最優秀選手賞を2回、ゴールデンシューを3回受賞した。

 

2018年7月10日、ユヴェントスFCの会長であるアンドレア・アニェッリが、ロナウドがオフを過ごすギリシャまで交渉に向かっていることが報道された。

 

その報道からまもなく、レアル・マドリードの発表があり、その後ユヴェントスFCもロナウドが4年契約でレアル・マドリードから加入することを発表した

 

移籍金はセリエA史上最高額である1億ユーロで、2年間にわたり支払われることも発表した。

 

2017-18シーズンのチャンピオンズリーグでゴールをした際にスタンディングオベーションを浴びてユベントスサポーターに感銘を受け移籍を決意したとも言われている。

 

背番号はトレードマークともいえる7番。

 

2018年9月24日、セリエA第4節のサッスオーロ戦で移籍後初ゴールを含む2ゴールを決める活躍を見せた。

 

またこの日の2点目のゴールはリーグ戦におけるキャリア400ゴールとなり、欧州でのリーグ戦通算400ゴール達成は5人目となった。

 

11月24日、第13節のSPAL戦ではユヴェントス史上最速となる公式戦10試合目で2桁得点を記録した。

 

12月2日、第14節のACFフィオレンティーナ戦でも得点を決め、デビューシーズンで14試合10得点を決めたのは約60年ぶりとなる快挙となった。

 

2019年3月12日、チャンピオンズリーグラウンド16・アトレティコ・マドリード戦では、敵地での1stレグを0-2で敗れており、勝ち抜けに少なくとも3点が必要な状況でハットトリックを達成し、チームを逆転での準々決勝進出に導いた。

 

4月20日、セリエA第33節に勝利しチームの8連覇に貢献した。欧州5大リーグ(伊・西・英・独・仏)では、仏のリヨンが7連覇と昨季のユーベが連覇記録で並んでいたが新記録を更新した。

 

同年は5試合を残しての史上最速タイの優勝となった。

 

また当シーズンの年間MVPを受賞した。

 

代表

 

2003年に開催されたトゥーロン国際大会で優勝を果たし、同年8月20日に行われたカザフスタン戦でルイス・フィーゴとの交代で途中出場し代表デビュー。

 

EURO2004のメンバーに選出され、グループリーグ初戦のギリシャ戦は1-2で敗れたが、代表初ゴールを記録し、2-1で勝利した準決勝のオランダ戦でもゴールを挙げた。

 

チームは準優勝し、大会のベストイレブンに選出された。決勝の相手は開幕戦と同じギリシャであり、敗れた際には人目もはばからず涙を流し続けた。

 

同年に開催されたアテネオリンピックにもポルトガル代表として出場した。

 

ワールドカップでは、7月1日に行われた準々決勝のイングランド戦では、マンチェスター・ユナイテッドのチームメイトであったウェイン・ルーニーがリカルド・カルヴァーリョを踏みつけたとして退場処分となったが、ルーニーの退場後にロナウドがポルトガルのベンチに向かってウインクする映像が映し出されたことにより、イギリスのメディアはロナウドの抗議がオラシオ・エリソンドの判断に影響を与えたのではないかと推測した。

 

しかし、試合後にロナウドは、ルーニーは友人であるし、退場させるための行動は取っていないと話した。

 

7月4日にはエリソンドが、レッドカードはルーニーの反則に対してであって、ロナウドとルーニーの諍いに対して出したのではないと話した。

 

EURO2008の予選ではエウゼビウシュ・スモラレクに次ぐ8ゴールを挙げたが、本大会では1ゴールに終わり、準々決勝でドイツに敗れた。

 

大会後にカルロス・ケイロスが監督に就任し、新キャプテンに指名された。

 

キャプテンとして臨んだワールドカップでは、グループリーグ初戦のコートジボワール戦、第2戦の北朝鮮戦、第3戦のブラジル戦と3試合連続で大会選定のマンオブザマッチに選出された。

 

北朝鮮戦では代表では1年4ヶ月ぶり、ワールドカップ2大会連続となる得点を挙げた。

 

しかし、決勝トーナメント1回戦でスペインに0-1で敗れたため、同大会での得点はその1ゴールのみに終わった。

 

EURO2012では大会最注目の選手とされたものの、グループリーグ初戦のドイツ戦を0-1と敗戦し、第2戦のデンマーク戦では決定機を逃し批判の対象となった。

 

しかしグループリーグ第3戦のオランダ戦では2得点を上げて逆転勝利に貢献し、マンオブザマッチに選出された。

 

チームの決勝トーナメント進出に貢献した。

 

準々決勝ではチェコと戦い、ゲームを支配しながらもなかなか得点を奪えず苦しい状況になりつつあったが、79分に自身のヘディングでのゴールで膠着状態を破り、結局そのゴールが決勝点となった。

 

準決勝の相手はEURO2008、2010年W杯とビッグトーナメントを2大会連続で制し、また、前回のW杯では敗戦を喫したスペインと対戦することになる。

 

この試合ではレアル・マドリードで同僚のセルヒオ・ラモスと幾度となくマッチアップを繰り返すがロナウドは決定的な場面を作れず、結局試合はPK戦へともつれ込む。

 

PK戦ではロナウドは5番目のキッカーの予定だったが、自身に出番が回ってくることなくこの大会を去ることになる。

 

同大会3得点は得点ランキング1位タイだった。

 

2014年のワールドカップ本大会では開幕前に故障を抱えていたが、グループリーグのアメリカ戦では後半ロスタイムに同点ゴールをアシストする。

 

さらにガーナ戦ではワールドカップ3大会連続得点となる決勝ゴールを挙げ同試合のマン・オブ・ザ・マッチに選出されるも、チームはグループリーグで敗退した。

 

2016年6月14日に行なわれたUEFA EURO 2016初戦のアイスランド戦で代表通算127試合目の出場となり、フィーゴの持つ最多記録に並んだ。

 

続く6月18日のオーストリア戦にも出場し、記録を更新した。

 

しかしこの試合でロナウドはPKを失敗し、スコアレスドローに終わった。

 

敗れるとポルトガルの敗退が決まるグループリーグ第3節のハンガリー戦では、ハンガリーに3度リードを許すも2ゴール1アシストの活躍で引き分けに持ち込みポルトガルのグループリーグ突破を決めた。

 

7月6日、準決勝のウェールズ戦で1得点1アシストを記録し、マン・オブ・ザ・マッチに選出された。

 

7月10日、決勝のフランス戦では前半25分で負傷交代するも、チームは1-0で勝利し優勝を果たす。

 

自身も大会を通じて3ゴール(2位タイ)、3アシスト(3位)の結果を残し、シルバーブーツを受賞。大会のベストイレブンにも選出された。

 

また同大会のハンガリー戦でEURO本大会17試合目の出場となり歴代最多記録を更新するとともに、EUROの4大会で得点を挙げた初の選手となり、準決勝のウェールズ戦での得点によりミッシェル・プラティニの持つEURO本大会の通算得点記録(9得点)に並んでいる。

 

018年6月15日のワールドカップのグループリーグのスペイン戦でハットトリックを達成した。

 

33歳130日でのワールドカップハットトリックは史上最年長記録となり、スペイン相手にワールドカップでハットトリックを決めた史上初の選手にもなった。

 

更に史上4人目となる4大会連続ゴールも記録した。

 

2戦目となるモロッコ戦でも前半4分にコーナーキックにヘディングで合わせて先制点を記録。

 

代表通算得点を85得点とし、フェレンツ・プスカシュの持つ欧州歴代最多得点記録を更新するとともにアリ・ダエイに次いで代表最多得点記録単独2位となった。

 

決勝トーナメント1回戦のウルグアイ戦では無得点に終わりポルトガルも敗退したが、この試合で脚を負傷し交代したウルグアイのエディンソン・カバーニに肩を貸したスポーツマンシップが話題となった。

エピソード

【真似できない!】C・ロナウドのありえないスキルTop30+ HD 1080p

スポルティング時代からコーチ陣揃って認めるほどの練習の虫で、現在でも居残り練習を積極的に行っている。

 

マンチェスター・ユナイテッドやレアル・マドリードでのチームメイトやコーチもその練習での態度を感服している。

 

かつてレアル・マドリードでプレーしたジネディーヌ・ジダンはロナウドを「努力家」と称し、自身の現役時代よりも優れていると賞賛している。

 

ラウール・ゴンサレスもまた、勝利への欲求の高さ、最も早く練習場に現れて最後まで残る姿勢等を讃え、「今まで見てきた中で最もプロ意識が高い選手の一人であり、真のリーダー」と賞賛した。

 

カルロ・アンチェロッティは「彼のピッチ内外でのプロフェッショナリズムの高さは想像以上で、少しばかり驚かされた」「模範になるプレイヤーであり、自分が指導した中で最高の選手」と語った。

 

レアル・マドリードはロナウドの両足に9000万ポンド(約155億円)の保険をかけた。

 

ロナウドにかかった破格の移籍金を無駄にしたくないとの思いから、怪我など予測不能なリスクに備えるためだという。

 

ちなみにロナウドは2008年7月に右足首を手術しており、他にもひざには慢性的な問題を抱えている

 

ロナウドはサッカー以外に関しても話題になることが頻繁にあり、特に女性関係でのゴシップは多い。

 

2007年10月には、アンデルソンやナニら数人を自宅に招き、5人の娼婦らと行ったパーティの様子を撮影した写真や動画が流出したことで、騒動を起こした。

 

ポルトガル代表のEURO2016初優勝後の2016年7月22日、ロナウドの功績を称え、故郷マデイラ島にあるマデイラ空港が「クリスティアーノ・ロナウド国際空港」に名称が変更されることが決定した。

 

ロナウドは献血ができなくなるからという理由で、体にはタトゥーを一切入れていない。

 

サッカーの次に好きなスポーツは卓球。

 

その腕前は、ポルトガル時代にプロにスカウトされたほど

 

大の車好きとしても有名であり、2016年の時点で『レンジローバースポーツSVR』、『ロールスロイス・ゴースト』、『マセラティ・グランカブリオ』、『メルセデス・ベンツS65AMGクーペ』、『ポルシェ911ターボS』、『フェラーリ599GTO』、『マクラーレン・MP4-12Cスパイダー』、『ランボルギーニ・アヴェンタドールLP700-4』、『ブガッティ・ヴェイロン・スーパースポーツ』、『ラ・フェラーリ』、『フェラーリ・599GTBフィオラノ』といった多数の高級外車を自宅に揃えてることが判明している。

 

世界で最も人気のあるアスリートであり、Tiwtterのフォロワー数は2014年7月現在で2800万人を越えており、世界のアスリートの中でも圧倒的に首位である。

 

またFacebookのフォロワー数は2014年7月現在で9300万人を超えており、こちらでも2位以下を大きく引き離し圧倒的に首位である。

 

2014年、ロナウドはTIME誌より世界で最も影響力のある100人に選ばれた。

 

アメリカの経済誌フォーブスによると、2017年発表のロナウドの年収は9300万ドルであり、2年連続で世界のアスリートで1位になった。

 

2015年8月、ロナウドの代理人でかつてクラブを移籍するにあたって世話になったジョルジュ・メンデスへの結婚祝いとしてギリシャのとある『島』をプレゼントしたことが世界的なニュースとなった。

 

島の値段はおよそ4億円〜70億円で、かつてロナウドもこの島にバカンスで訪れたことがあり、自身が気に入っていた島の一つを親友であるメンデスへプレゼントしたとのことである。

 

また別の報道によるとロナウドがプレゼントしたこの『島』はかつてロナウドがマンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリードへ移籍した当時の移籍金(約130億円)の約5%にも満たないとのことなので、大よそ6億5000万円ぐらいの『島』を購入してプレゼントしたと予想されている。

プレースタイル

【爆発的な加速】C・ロナウド 高速ドリブル集

引き技、シザーズ、切り返し、股抜きなどを組み合わせたドリブルを得意とし、縦へのスピードも持ち合わせる。

 

長身にも関わらずドリブルの重心が低く、ストライドが小さい分足の回転が速いのが特徴であり、スピードの緩急や方向転換などの能力も高い

 

体幹が強いため左右に動いてもバランスを崩さず、背筋が伸びたドリブル姿勢によりドリブルと同じ歩幅でシュートを放つことができ、さらに広範囲を見渡せるため、ドリブル中でも質の高いパスを送ることができる。

 

ドリブル突破からのクロスも質が高く、高いクロスよりも低くて速いクロスを送る傾向がありアシストも量産する。

 

また、両足で同レベルのプレーをすることができる。

 

本人は、トリッキーなテクニックを織り交ぜることが自分のプレースタイルであると語っている。

 

走力も非常に高く、スポルティングCPユース所属時は、夜になると重りを装着してボールとともにリスボンの街を歩いていたという。

 

マンチェスター・ユナイテッド時代にはウサイン・ボルトからアドバイスを受けるなどした。

 

ロナウドの「シザーズフェイント」について、大東文化大学スポーツ科学科准教授の川本竜史は、「体、足が一見、フェイントをかけた方向に大きくずれたように見えるが、実は身体の重心がほとんど動いていないこと。変動が小さいため、次の動きに素早く移れる。」「上半身はほとんど動かさず、へそ回りの重心を安定させながらボールを高速でまたいで、一瞬、相手の体が傾いたところを見て、反対方向に爆発的加速をして抜き去っている。」と指摘した。

 

キャリア前半、特にマンチェスター・ユナイテッド時代はトリックを織り交ぜたドリブラー、ウインガーとしての色が強かったが、レアル・マドリード時代の多くは1対1の局面でドリブルで勝負する回数、成功率が減り、ドリブル突破よりも周囲にパスを出し、自らはエリア内に飛び込むというようなストライカーの毛色を濃くしている。

 

また、ユヴェントスFCへ移籍してからは再びスタイルを変え、マリオ・ケンペスや宮澤ミシェルはよりチームプレイヤーとしての働きを強めていることを指摘した。

 

切り込んでのシュートや時速132kmにまで到達するパワフルなシュート、3メートル近くまで跳ぶ打点の高いヘディングなど多彩なゴールパターンを持ち、高い得点力を誇る。

 

シュート、ヘディングともに超一流である。

 

アレックス・ファーガソンは、マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドであるジョージ・ベストの名前を挙げ、「ベストは常にピッチを駆け回り、シュートのチャンスを伺っていた。改めて見返すと、クリスティアーノ・ロナウドのシュートシーンにとても似ている」と語った。

 

ディエゴ・マラドーナは「敵陣のすべてのエリアからゴールを決めることができるゴール前のプレデターだ」と評価している。

 

フォーリャ・セッカ(枯れ葉)と呼ばれるキックを得意としていたジジを彷彿とさせる弾道の予測が不可能な無回転フリーキックを得意としていて、彼の代名詞となっている。

 

PKの名手でもあり、PKの成功率も非常に高い。

 

体脂肪率は10%未満。

 

垂直飛びは79cmとNBA選手の平均を上回る。

 

2013年2月13日に行われたマンチェスター・ユナイテッド戦でのヘディングは最高到達点がほぼ3メートルに達した。

 

食生活もストイックに管理して体づくりをし、高いプロ意識で身体をケアしているため怪我にも強い。

 

33歳時点のメディカルチェックにおいて、実年齢より13歳若い20歳のフィジカルレベルを維持していることが明らかになった。

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