ランディ・ジョンソン

野球

概略

ランディ・ジョンソンの投球集【遅咲きの怪物】
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州コントラコスタ郡ウォールナットクリーク
生年月日 1963年9月10日(56歳)
身長
体重
6′ 10″ =約208.3 cm
225 lb =約102.1 kg

 

ポジションは投手(ピッチャー)。

 

左投右打。

 

ランディ・ジョンソン投手といえば言わずと知れた「世界最強レベルの投手」で、2mを超える長身から160km/hを超える豪速球と切れ味鋭い高速スライダーを駆使して4000以上もの奪三振を記録したメジャーリーグ史上に残る剛腕投手です。

 

左腕歴代最多となるサイ・ヤング賞5度受賞、歴代2位の通算4875奪三振を記録した。

 

現時点(2020年4月)で最も新しい300勝投手であり、メジャーリーグを代表する投手の1人。

 

愛称は「Big Unit」。

 

獲得タイトル

  • 最多勝利 1回:2002年
  • 最優秀防御率 4回:1995年、1999年、2001年、2002年
  • 最多奪三振 9回:1992年 – 1995年、1999年 – 2002年、2004年(歴代3位)

表彰

  • サイ・ヤング賞 5回:1995年、1999年 – 2002年(歴代2位)
  • ワールドシリーズMVP 1回:2001年
  • ベーブ・ルース賞 1回:2001年
  • ピッチャー・オブ・ザ・マンス 8回:1990年6月、1997年6月、1998年8月・9月、1999年7月、2000年4月、2002年4月・9月
  • プレイヤー・オブ・ザ・ウィーク:10回
  • シアトル・マリナーズ球団MVP 3回:1993年、1995年、1997年
  • アリゾナ・ダイヤモンドバックス球団MVP 1回:2004年
  • アリゾナ・ダイヤモンドバックス年間最優秀投手 5回:1999年 – 2002年、2004年
  • ウォーレン・スパーン賞  4回:1999年 – 2002年
  • プレイヤーズ・チョイス・アワード
    • AL Outstanding Pitcher 1回:1995年
    • NL Outstanding Pitcher 1回:2000年
  • MLB.com This Year in Baseball Awards
    • Performance of the year:2004年
  • Sports Illustrated
    • Sportsman of the year:2001年
    • All-Decade Team:2000年代左投手
  • The Sporting News
    • AL Pitchers of the Year 1回:1995年
    • AL All-Star Team 2回:1995年、1997年(左投手)
    • NL All-Star Team 2回:2001年、2002年(左投手)
    • All-Decade team:2000年代左投手
  • ESPN
    • All-Decade team:2000年代左投手
  • Yahoo! Sports
    • All-Decade team:2000年代左先発投手
  • Baseball Digest
    • Pitcher of the Year 1回:2002年

記録

  • 投手三冠 1回:2002年
  • MLBオールスターゲーム選出 10回:1990年、1993年 – 1995年、1997年、1999年 – 2002年、2004年
  • 完全試合 1回:2004年5月18日
  • ノーヒッター 1回:1990年6月2日
  • 5年連続300奪三振:1998年 – 2002年
  • 通算奪三振数:4875(歴代2位)※ノーラン・ライアンに次ぐ
  • 通算奪三振率:10.6(歴代1位)
  • 通算与死球数:190(歴代5位)

 

経歴

Randy Johnson's Pitching Repertoire
  • モントリオール・エクスポズ (1988 – 1989)
  • シアトル・マリナーズ (1989 – 1998)
  • ヒューストン・アストロズ (1998)
  • アリゾナ・ダイヤモンドバックス (1999 – 2004)
  • ニューヨーク・ヤンキース (2005 – 2006)
  • アリゾナ・ダイヤモンドバックス (2007 – 2008)
  • サンフランシスコ・ジャイアンツ (2009)

 

1985年のMLBドラフト2巡目(全体36位)でモントリオール・エクスポズから指名され、プロ入り。

 

1986年はA級ウェストパームビーチ・エクスポズで119.2イニングで133奪三振の一方で94四球、1987年はAA級ジャクソンビル・エクスポズで140イニングで163奪三振ながら128四球を記録する。

 

1988年は有力誌であるベースボール・アメリカの選ぶ期待の若手第3位に選出される。

 

AAA級インディアナポリス・インディアンスで継投でのノーヒットノーランを達成するも、敗戦投手となる珍記録を残す(7回を無安打に抑えるが、初回に四球で出した走者に2つの盗塁を許し、次打者の内野ゴロで失点)。

 

1989年5月25日にマーク・ラングストン、後日発表選手のマイク・キャンベルとのトレードで、ジーン・ハリスブライアン・ホルマンと共にシアトル・マリナーズに移籍。

 

移籍後も制球難は変わらなかったが、7勝を挙げる。1990年6月2日のデトロイト・タイガース戦で球団史上初のノーヒットノーランを達成するなど6月は5勝0敗・防御率2.40の好成績でピッチャー・オブ・ザ・マンスを初受賞。

 

前半戦で9勝3敗・防御率3.68を記録し、登板機会はなかったがオールスターにも初めて選出された。

 

14勝11敗・防御率3.65、リーグワーストの120四球を記録。

 

オフの日米野球でMLB選抜として来日。

 

メジャー選抜は負け越したが、最終第8戦で先発してチャック・フィンリーとの継投でノーヒットノーランを達成し、意地を見せた。

 

1991年は13勝10敗・防御率3.98、リーグ2位の228奪三振、リーグワーストの152四球を記録。

 

1998年までマリナーズのエースとして活躍。

 

1995年には初の最優秀防御率、4年連続の最多奪三振を獲得。

 

1998年7月31日にフレディ・ガルシア、カルロス・ギーエン、後日発表選手のジョン・ハラマとのトレードで、ヒューストン・アストロズへ移籍した。

 

移籍後は11試合に先発し、内7試合で2桁奪三振を記録するなど、10勝1敗・防御率1.28・116奪三振、グレッグ・マダックスの5完封に次ぐ4完封と復調し、チームの地区優勝の原動力となる。

 

329奪三振で自己最多を更新し、20試合で2桁奪三振を記録した。オフにFAとなった。

 

1998年12月10日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスと4年5300万ドルで契約。

 

オフに2度目のサイ・ヤング賞を受賞。

 

2000年は開幕から7連勝を記録するなど前半戦で14勝2敗・防御率1.80の好成績を挙げ、オールスター では先発投手を務めた。

 

2001年はワールドチャンピオンとなった。

 

3勝を挙げてシリングと共にシリーズMVPを受賞。

 

3年連続でサイ・ヤング賞を獲得し、スポーツ・イラストレイテッド誌の2001年度スポーツマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、表紙を飾った。

 

2005年、ヤンキースはワールドチャンピオン奪回の切り札として新しいオファーを行い、1月11日にハビアー・バスケス、ブラッド・ハルジー、ディオナー・ナバーロ、さらに900万ドルの金銭とのトレードが成立し、ジョンソンはヤンキースに移籍した。

 

17勝8敗・防御率3.79、ともにリーグ2位の211奪三振、WHIP1.13を記録し、故障者が続出した先発陣の中で、唯一ローテーションを守り切った。

 

チームはレッドソックスを振り切って地区9連覇を果たす。

 

ファンやメディアに辟易して自らトレードを志願し、2007年1月9日にルイス・ビスカイーノ他3選手との交換トレードで古巣ダイヤモンドバックスに復帰した。

 

しかし椎間板ヘルニアが再発して手術を受けることとなり、6月28日のドジャース戦を最後に戦線離脱し、4616奪三振でシーズンを終えた。

 

2008年は開幕には間に合わなかったが、4月14日に復帰。6月3日のブルワーズ戦でクレメンスを抜いて再び歴代単独2位となった。

 

その試合から6連敗を喫するが、7月に5連勝と巻き返す。

 

大きな故障もなくシーズンを投げ抜き、11勝10敗・防御率3.91を記録した。

 

その後ジャイアンツに移籍後、2010年現役を引退。

エピソード

| Randy Johnson | Career Highlights |

マリナーズ在籍時から慈善事業に積極的に関わっており、Strikeout Homelessnessプログラムにて1勝を挙げる毎に$1,000、奪三振1つ毎に$100を寄付していた。

 

ドラムを趣味としており、自宅にドラムの練習室を作るほど。

 

前出の野球殿堂選出時にはダイヤモンドバックス対レッズ戦中に祝賀セレモニーが行われ、金メッキが施されたニール・パートのシグネチャーモデルのドラムセットが贈呈されている。

 

日本のTV番組で紹介された際には加藤茶とのドラムバトルを披露した。

 

レッド・ツェッペリンのファンであり、来日の際には西新宿で海賊版CDを買い漁る。

 

またジミー・ペイジ道を追求するギタリストジミー桜井とも親交があり、「世界で一番ジミー・ペイジになろうとした男」では序文を書いている他、表紙写真も提供しており二人の交流の様子も描かれている。

 

プレースタイル

Randy Johnson Highlights

ランディ・ジョンソンの一番の魅力は奪三振の多さで、メジャー歴代1位の通算奪三振率を誇ります。

 

メジャーリーグでも稀な2m08cmの長身から、豪速球である最速102mph(約164km/h)のフォーシームと2種類のスライダー、スプリッター、ツーシームを投げ分ける。

 

身長の分だけ腕も長く、しかもサイドスローに近いスリー・クォーターであることに加えて、横に変化する高速スライダーを投げるため、左打者にとっては背中越しにボールが現れる上に至近距離まで球筋が見極められず、非常に打ちづらい事で知られる。

 

ランディ・ジョンソンは長身であるために非常に長い腕を持っています。

 

投球フォームはサイドスローに近いスリークォーターなので、球の出所が非常に見にくく打ちづらくなっています。

 

特に左打者にとっては、160キロ超のストレートは背中に近い側から投げ込まれるためぶつかりそうな軌道に見えて球筋が見づらい上に、外に変化していく高速スライダーはストライクとボールが見極めにくく、攻略するのが非常に難しくなっているのです。

 

通算投球回数2000回以上の投手が対象である、投球回数9回に対する通算の奪三振率が9.0以上の投手4人のうちの1人であり、投球回数9回に対する通算の奪三振率10.61はMLB史上1位である。

 

若い頃は制球難で与四球が多かったが徐々に克服し、奪三振(4875)と与四球(1497)の比率(奪三振÷与四球)は3.26である。

 

これを歴代の奪三振上位の投手と比較すると、シリング(4.38)、マルティネス(4.15)、マダックス(3.37)らには及ばないものの、ライアン(2.04)、クレメンス(2.96)、カールトン(2.26)、シーバー(2.62)、ボブ・ギブソン(2.33)、ドン・ドライスデール(2.91)、コーファックス(2.93)らを上回る。

 

ただし1992年まではこの比率は1.58であった。

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