ロベルト・リベリーノ

サッカー

概略

リベリーノのプレイ集【左足の魔術師】
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1946年1月1日(74歳)
出身地 サンパウロ市
身長 169cm
体重 73kg

 

ポジションはフォワード(左ウイング)とミッドフィールダー(オフェンシブハーフまたは左サイドハーフ)。

 

利き足は左。

 

ニックネームはリーバ(ヒーヴァ)。

 

名前はホベルト・ヒヴェリーノとも表記される。

 

利き足である左足から巧みなフェイント、正確なパスや強烈なシュートを放ち、またフリーキックの名手でもあることから左足の魔術師と呼ばれた。

 

三浦知良が幼少の頃憧れを抱いていた選手として名を挙げている。

 

クラブタイトル

リーグ タイトル 回数 シーズン
ブラジル リオデジャネイロ州リーグ1部 2 1975

1976

リオ・サンパウロリーグ1部 1 1966
サウジアラビア1部 オープンカップ 1 1980

 

ナショナルタイトル

大会 回数
FIFAワールドカップ 1 1970

 

その他表彰

タイトル 順位
20世紀南米最優秀選手(IFFHS) 31位
FIFA100 選出
FIFAワールドカップのヒーロー100(フランス・フットボール) 76位
20世紀の偉大なサッカー選手(ワールドサッカー) 38位
南米史上最高の選手50(レキップ) 21位

 

経歴

Rivelino 10
クラブ
クラブ 出場 (得点)
1962-1975 ブラジルの旗 コリンチャンス 471 (141)
1975-1978 ブラジルの旗 フルミネンセ 158 (53)
1979-1982 サウジアラビアの旗 アル・ヒラル 57 (23)
代表歴
1965-1978 ブラジルの旗 ブラジル 122 (43)

 

1962年にコリンチャンスに入団。

 

1965年にトップチームの公式戦にデビュー。

 

同年、19歳でブラジル代表に初選出されハンガリー戦に出場した。

 

1970年のメキシコワールドカップでは、左ウイングのレギュラーとして3得点をあげるなど活躍し、優勝に貢献した。

 

ペレ、トスタン、ジャイルジーニョ、ジェルソン、クロドアウドらを擁したブラジルは、7戦全勝と強さを見せつけ、史上最強のブラジル代表といわれた。

 

ペレの引退後のブラジル代表ではトップ下の位置で背番号10をつけ、ペレの後継者として活躍した。

 

1974年のワールドカップでも3得点をあげた。

 

この大会では対東ドイツ戦では、相手選手の作った壁の間にはいったジャイルジーニョがリベリーノがボールを蹴る直前にしゃがみ込み、そのわずかなすき間を通過させるという、トリッキーなゴールを決めた。

 

1978年のワールドカップでは大会に入ってからの足の負傷で3試合の出場にとどまった。

 

リベリーノはワールドカップに3度出場、15試合6得点。

 

代表公式戦には通算122試合出場、43得点をあげた。

 

晩年はサウジアラビアのアル・ヒラルでプレーし1982年に引退。

エピソード

Roberto Rivelino Was Incredible ● Rare Footage ►Skills & Goals◄ ||HD||

 

キャプテン翼に登場する日経ブラジル人のロベルトはこのロベルト・リベリーノの名前を参考にしたのではないかという説がある。

 

1970年のメキシコワールドカップでは、左ウイングのレギュラーとして3得点をあげるなど活躍し、優勝に貢献した。

 

ペレ、トスタン、ジャイルジーニョ、ジェルソン、クロドアウドらを擁したブラジルは、7戦全勝と強さを見せつけ、史上最強のブラジル代表といわれた。

 

ペレの引退後のブラジル代表ではトップ下の位置で背番号10をつけ、ペレの後継者として活躍した。

 

プレースタイル

Rivelino, o Reizinho do Parque [Goals & Skills]

リベリーノは何と言ってもあのまたぎフェイントです。

 

このシザースを駆使して、爆発的なシュート力、鋭いクロス、正確なパスへと、見る者を楽しませる術に長けている選手でした。

 

リベリーノの1プレー1プレーは非常にキレのあるものです。

 

体型はずんぐりしているように見えますけど、プレースピードは速く、ボールをまたいで逆方向へ抜けていく時なんて一瞬のスピードの速さを感じました。

 

エラシコはリベリーノが得意にしていたフェイントの一種でポルトガル語で輪ゴムの意。

 

リベリーノのエラシコは左足のアウトサイドをボールに軽く当て相手にその方向へ行くと思わせ、すぐ次の瞬間に同じ足のインステップで切り返し相手を抜き去るという難易度の高い技である。

 

インステップで切り返した時にボールが指ではじいた輪ゴムのように素早く移動することからエラシコと名付けられた。

 

リベリーノがエラシコの発明者と広くいわれているが、リベリーノは後にコリンチャンスのチームメイトであったセルジオ越後が教えたと語っている。

 

リベリーノが、テストマッチで初めて越後のエラシコを見た時、フルバックのエドアルドがピッチ外に出されそうになるほどのフェイントになった。

 

リベリーノは見たものが信じられず、越後に何をしたか問うと、越後はリベリーノにやり方を教えた。

 

越後はリベリーノに「僕が発明し、君が完璧にした」と言っている。

 

今ではクリスティアーノ・ロナウドやズラタン・イブラヒモビッチが度々使用していることでも有名である。

 

最もポピュラーな使い手としては同じブラジルのロナウジーニョが有名である。

 

彼によってエラシコの名が有名になった。

 

リベリーノの超絶テクニックとしてはFKが有名である。

 

壁に入った味方がしゃがんだ所に寸分違わずボールを通したと言う伝説のフリーキックだ。

 

ブラジルのフリーキック王国伝説はここに始まったといっても過言ではない程のスーパーシュートである。

 

その気迫、狙い、集中力、シュートの強烈さ、精度、どれをとっても歴史に残るスーパーゴールだった。

 

左足の魔術師と呼ばれた。

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