ヨハン・ニースケンス

 

概略

国籍 オランダの旗 オランダ
生年月日 1951年9月15日(68歳)
出身地 ヘームステーデ
身長 178cm

 

ポジションはミッドフィールダー(オフェンシブハーフ、センターハーフ)。

 

利き足は右。

 

戦友であるヨハン・クライフとファーストネームが同じことから「もう1人のヨハン」と呼ばれた。

 

オランダ人にしてはさほど長身ではないが、強靭な下半身からのシュート力は強烈なものがあった。

 

PKのスペシャリストとしても名を馳せる。

 

あの強かったオランダの中心的な1人でした。

 

獲得タイトル

クラブ

アヤックス
・エールディヴィジ:1971-72、1972-73
・KNVBカップ:1970-71、1971-72
・ヨーロピアン・カップ:1970-71、1971-72、1972-73
・UEFAスーパーカップ:1972、1973
・インターコンチネンタルカップ:1972

バルセロナ
・コパ・デル・レイ:1977-78
・UEFAカップウィナーズカップ:1978-79

代表

オランダ代表
・FIFAワールドカップ準優勝:1974、1978
・UEFA欧州選手権3位:1976

個人

・1974 FIFAワールドカップ・シルバーブーツ
・1974 FIFAワールドカップ・ベストイレブン
・ドン・バロン・アワード(最優秀外国人選手):1975-76
・FIFA100
・ワールドサッカー誌20世紀の偉大なサッカー選手100人:72位

 

経歴

クラブ
クラブ 出場 (得点)
1968–1970 オランダの旗 ヘームステーデ・ハーレム 68 (1)
1970–1974 オランダの旗 アヤックス 124 (33)
1974–1979 スペインの旗 バルセロナ 140 (35)
1979–1984 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク・コスモス 94 (17)
1984–1985 オランダの旗 フローニンヘン 7 (0)
1985 アメリカ合衆国の旗 フォートローダーデール・サン  ? (?)
1985-1986 アメリカ合衆国の旗 カンザスシティ・コメッツ(インドア) 23 (1)
1986-1987 アメリカ合衆国の旗 ローウェンブリュー(アマチュア)  ? (?)
1987–1990 スイスの旗 バール 23 (5)
1990–1991 スイスの旗 ツーク 1 (0)
代表歴
1970-1981 オランダの旗 オランダ 49 (17)

 

ヘームステーデ・ハーレムでデビュー後、1970年にアヤックス・アムステルダムへ入団。

 

入団当初は、右サイドバックとしてプレー。

 

同年11月11日の西ドイツ戦で代表デビューを飾り、1970-1971シーズンからのUEFAチャンピオンズカップ3連覇や1971-1972、1972-1973シーズンのリーグ連覇に貢献した。

 

1974年にはFCバルセロナへ移籍。

 

攻守にわたる活躍と闘志溢れるプレーで活躍を見せた。

 

また同年のFIFAワールドカップ・西ドイツ大会ではヨハン・クライフらを中心とする「トータル・フットボール」で準優勝に貢献。

 

1978年のFIFAワールドカップ・アルゼンチン大会ではクライフが出場辞退した中で主軸として活躍し、代表通算49試合に出場。

 

17得点を挙げた。

 

その後、当時サッカー不毛の地と言われていたアメリカへ渡り、ニューヨーク・コスモスではフランツ・ベッケンバウアーとともにプレーし、1980年と1982年にはリーグ優勝を果たした。

 

1シーズンオランダのFCフローニンゲンでプレーした後、再び渡米し、選手生活の終盤はスイスでプレーした。

エピソード

アヤックスはかつてアマチュアの野球チームも所有していて、休日にはクライフやニースケンスら当時の主力選手も野球へ参加する事があった。

 

クライフは野球はさっぱりだったようだが、ニースケンスは優秀な野手でプロからオファーがくる実力だった。

 

彼の特徴的なプレーの一つであるスライディングタックルは野球から学んだという。

 

プレイスタイル

トータルフットボールの頭脳がクライフならオランダを代表する万能アスリートであるニースケンスこそが心臓だ。

 

90分間止まることなく中盤を走りながら、あらゆるエリアで局面に違いを生み出した。

 

ニースケンスは豊富な運動量と旺盛なファイティング・スピリットで中盤を躍動、風貌も手伝っていましたが、ピッチ内ですぐに見つけることが出来ました。

 

強い筋力とバネを持ち、運動能力もかなり高い選手でした。

 

パスやドリブルも上手く基本的なテクニックも水準以上に兼ね備えており難しいシュートも決めたりと、非常に魅力的な選手でした。

 

少年時代の彼は、野球、テニス、バスケットボールなどもかなり上手かったようです。

 

運動神経が良いんでしょう。

 

オランダ代表では中盤で激しくボールを追い、深いタックルでボールを奪い、好守の要として活躍しました。

 

激しいスライディングタックルが特徴でした。

 

もの凄く走り回る選手です。

 

今で言うボックス・トゥ・ボックス型の選手です。

 

強靭な下半身からのシュート力は強烈なものがあった。

 

PKのスペシャリストとしても名を馳せた。

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