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【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

マティアス・ザマー

サッカー

概略

Matthias Sammer, Iron Matthias [Goals & Skills]
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 1967年9月5日(52歳)
出身地 ドレスデン
身長 180cm
体重 75kg

 

ポジションはディフェンダー(リベロ)、ミッドフィールダー(ディフェンシブハーフ)。

 

利き足は右。

 

ベッケンバウアーとマテウスの系譜を継ぐリベロです。

 

1996年には世界一のサッカー選手に贈られるバロンドールを受賞し、さらにUEFA欧州選手権の、最優秀選手賞にも輝いています。

 

バロンドールは攻撃的な選手が獲得する傾向が強いですが、ザマーはリベロというポジションにも関わらず、バロンドールを獲得していることから、より攻撃的な印象を与えたことがうかがえ、攻守にわたってチームに貢献した最強のリベロといえます。

 

獲得タイトル

代表

・UEFA欧州選手権1996優勝 (ドイツ)
・UEFA欧州選手権1992準優勝 (ドイツ)
・U18ヨーロッパ選手権1986年大会 優勝 (東ドイツ)
・U20ワールドカップ1987年大会 3位 (東ドイツ)

クラブ

・UEFAチャンピオンズリーグ優勝 1回 (1997)
・ドイツ・ブンデスリーガ優勝 3回 (1992, 1995, 1996)
・DDRオーバーリーガ優勝 2回 (1989, 1990)
・DDRポカール優勝 1回 (1990)

個人タイトル

・欧州年間最優秀選手(1996)
・ドイツ年間最優秀選手賞(1995, 1996)
・20世紀の偉大なサッカー選手100人 92位(ワールドサッカー誌選出 1999)

 

経歴

Matthias Sammer
クラブ
クラブ 出場 (得点)
1985-1990 東ドイツの旗 ディナモ・ドレスデン 102 (39)
1990-1992 ドイツの旗 シュトゥットガルト 63 (20)
1992-1993 イタリアの旗 インテル・ミラノ 11 (4)
1993-1999 ドイツの旗 ドルトムント 115 (21)
代表歴
1986-1990 東ドイツの旗 東ドイツ 23 (6)
1990-1997 ドイツの旗 ドイツ 51 (8)

 

1985年に地元のクラブであるディナモ・ドレスデンでキャリアをスタート。

 

当時東ドイツの支配下にあったため、強制的にシュタージのフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊に所属していた。

 

1990年にVfBシュトゥットガルトへ移籍すると。

 

1992年には攻守にわたる活躍が認められて、セリエA・インテルへ移籍、ユヴェントスFC相手にゴールを決めるなど、11試合4ゴールと結果を残すが、イタリアのメンタリティーに合わず、シーズン途中にボルシア・ドルトムントへ移籍、移籍後は2000年の引退までチームの守備の要としてプレーし、1995-96シーズンにはリーグ優勝を果たし、また代表では欧州選手権優勝に貢献した活躍から、欧州最優秀選手賞(バロンドール)を獲得した。

 

1996-97シーズンにはボルシア・ドルトムントのUEFAチャンピオンズリーグ初優勝に貢献した。

 

ドイツ代表としては東ドイツ出身者として初選出を果たし、UEFA欧州選手権1996ではDFながら、グループステージのロシア戦、準々決勝のクロアチア戦でゴールを決めるなど、攻守にドイツの優勝に貢献、大会最優秀選手に選ばれた。

 

膝の故障に苦しみ、引退直前の2シーズンはほとんど試合に出ることができなかった。

エピソード

 

Matthias Sammer – Il pallone d'oro (1996)

 

マティアス・ザマーは、ドイツ紙「シュポルト・ビルト」に旧東ドイツ時代に秘密警察に所属していた過去を告白した。

 

「ビルト」によるとザマー氏はディナモ・ドレスデン時代の1987年から3年間、シュタージ(国家保安省、旧東ドイツの秘密警察)のフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊に所属していたという。

 

シュタージは共産圏の多くの秘密警察と同様、市民の監視や他国での諜報活動を行い恐れられていた。

 

「ディナモの選手は主に衛兵連隊に配置されていた。知っておいて欲しいのは、当時のクラブのボスはエーリッヒ・ミールケ(東ドイツ国家保安大臣)だったということだ」

 

「ディナモ・ドレスデンでプレーするには、まず人民警察に入らなければいけなかった。そして徴兵の時期がきたら、サッカーを続けるために軍の組織に所属する必要があったんだ」

 

同時にザマー氏は、秘密警察への所属は実際に軍の活動に参加しないためのアリバイであり、拒否していれば引退に追い込まれていたと弁明している。

 

「もし拒否していたら普通の軍隊に行く必要があり、ディナモ・ドレスデンには残れなかっただろう」

 

「逃れることのできない制約があった。もちろんそれは間違った体制の一部だったわけだが、私には選択の余地はなかったんだ」

 

プレースタイル

 

Matthias Sammer● The last libero● Defending Skills ➤Germany

 

鋭い読みと強い身体による安定した守備、的確なラインコントール、優れた戦術眼で展開力も兼ね備える。

 

マティアス・ザマーはオフザボールの動きが上手い選手で、フォアリベロとして活躍した優れたサッカー選手です。

通常のリベロというポジションの役割は、スイーパーのような役割からボールを奪い攻撃への参加をする動きですが、フォアリベロの役割は、ディフェンスラインでビルドアップしながら、積極的に最前線に顔を出す動きです。

 

つまりシャドーストライカーのような動きをすることで、相手ディフェンスを攪乱することが狙いなのです。

マティアス・ザマーは、このフォアリベロの動きが抜群に上手い最強のリベロです。

 

一般にリベロは攻撃の組み立てに参加しつつ試合をコントロールするセンターバックではあるが、ザマーはそれに加えDFラインから前線に顔を出すシャドーストライカーの仕事もこなした。

 

ドルトムントではジュリオ・セザールとミヒャエル・ツォルク 、代表ではトーマス・ヘルマーとディーター・アイルツ、と能力の高いCBとカバーリングに優れた守備的MFに恵まれ、ザマーは高い身体能力を活かした素早いオーバーラップで、たびたび前線に飛び出し流れの中から得点を挙げた。

 

3バックの中央であるがほとんどDFラインの前でプレーしていたことから、日本では「フォアリベロ」というサッカー用語が一時定着した。

 

攻撃的な選手が選ばれる傾向があるバロンドールやUEFA欧州選手権1996の最優秀選手賞にザマーが選出されたのは、このプレースタイルに依るところが大きい。

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