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ユースト・ファン・デル・ヴェストハイゼン

ラグビー

概略

A Tribute to Joost van der Westhuizen – Part 1
生年月日 1971年2月20日
身長 188 cm (6 ft 2 in)
体重 88 kg (13 st 12 lb)

 

ポジションはスクラムハーフ。

 

1990年代後半の南アフリカ共和国のオランダ系の選手。

 

南アフリカ代表(スプリングボクス)でのキャップ数は89を数える。

 

ラグビーのプロ化が進んだ90年代で世界最高のスクラムハーフと言われている。

 

経歴

Rugby Legend: Joost van der Westhuizen
スーパーラグビー
チーム アプリ (ポイント)
1996–2003 ブルズ 71 (61)
2012年9月15日現在
代表チーム
チーム アプリ (ポイント)
1993–2003 南アフリカ 南アフリカ
Springboks(非テスト)
89
22
(190)
(90)

 

1995年、1999年、2003年にはワールドカップでプレー。

 

24歳で迎えた1995年には延長の末ニュージーランド代表を下して世界一となった立役者となり、1999年のワールドカップではゲーリー・タイヒマンに代わり南アフリカ代表のキャプテンを務めた。

 

引退時の89キャップ38トライはどちらも南アフリカ代表として当時最多の記録である(キャップ数はヴィクター・マットフィールド(127)、ブライアン・ハバナ(118)、ジョン・スミット(111)、ジャン・デヴィリアス(109)、パーシー・モンゴメリ(102)に次ぐ第6位、トライ数はハバナ(64)に次ぐ第2位)。

 

また、38トライは現在もスクラム・ハーフとしての最多トライ数である。

 

トライネイションズのライバルであるニュージーランド戦には特に闘志をむき出しにし、引退時の対ニュージーランド6トライはデイヴィッド・キャンピージ、マシュー・バークに次ぐ記録であった(現在はこの二人に加えアダム・アシュリークーパー(最多)、ブライアン・ハバナに次ぐ5位)。

 

エピソード

Joost van der Westhuizen – Legends NEVER Die

2003年ワールドカップ後、家庭の事情を理由に32歳で代表を引退。

 

ちょうど南アフリカの女子陸上選手との情事がスキャンダルで流れた時期であった。

 

2009年、脳出血で倒れたとの報道が流れ、2011年、運動ニューロン病になったとの報道が流れた。

 

2017年2月6日、以前から患っていた運動ニューロン病で死去。

 

45歳没。

 

プレースタイル

Former Springbok Joost van der Westhuizen dies

「9人目のフォワード」と呼ばれるとおり、スクラムハーフらしからぬ大型選手(188㎝、88kg)であり、鋼鉄の肉体を生かした、力強いプレースタイルが特徴的であった。

 

ハーフは小さい人がちょこちょこやるもんだと思ってたんですけど、まぁ彼はでかい。

 

ロムー吹っ飛ばしたりとかもしたし、とんでもないパワーの持ち主。

 

ハーフが、パスばっかりイメージしてた時代に、違うよて教えてくれた選手でしたね。

 

ただこう言うとかなり派手なプレイヤーだったんじゃないかとに思われそうですが、プレースタイル的に言えば、どっちかと言えば泥臭い選手。

 

フランカー型スクラムハーフとでも言えばいいのか。。。

 

スピードがめちゃくちゃあるわけではないし、めちゃくちゃテンポ速い球出しをする訳でもない。

 

1番飛び抜けてるのはなんとディフェンスってタイプのスクラムハーフでした。

 

スーパーラグビーでは、フルバックでもプレイしていたし、しっかかりエリアを守れるタイプの選手でしたね。

 

ただ品行方正なタイプではないと言うか、しょっちゅうなんか監督と揉めたり怒ったりしてましたね。

 

サッカーで言うとロイ・キーンみたいなタイプでしょうか。

コメント

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