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モーゼス・マローン

バスケ

概略

Moses Malone: Tribute Mixtape
誕生日 1955年3月23日
没年月日 2015年9月13日(60歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 バージニア州ピーターズバーグ
身長(現役時) 208cm (6 ft 10 in)
体重(現役時) 108kg (238 lb)

 

ポジションはセンター。

 

右利き。

 

「ゴール下のチェアマン」の異名を持ち、ゴール下を支配した怪物。

 

ABAおよびNBAで活躍した往年の名選手である。

 

ABAとNBA時代を含めてのキャリア平均は20.3得点、12.3リバウンド。

 

キャリア平均ダブルダブル達成者です。

 

1983年シクザーズでNBAチャンピオンとなる。

 

このときマローンはマローンはレギュラーシーズンのMVP、ファイナルのMVPの2冠を達成する活躍ぶりだった。

 

2001年にバスケットボール殿堂入りした。

 

受賞歴
  • NBAチャンピオン (1983)
  • NBAファイナルMVP (1983)
  • 3× NBA最優秀選手賞 (1979,1982,1983)
  • 12× NBAオールスターゲーム (1978–1989)
  • ABAオールスター (1975)
  • 4× オールNBAファーストチーム (1979, 1982, 1983, 1984)
  • 4× オールNBAセカンドチーム (1980,1981,1984,1987)
  • NBAオールディフェンシブ・ファーストチーム (1983)
  • NBAオールディフェンシブ・セカンドチーム (1979)
  • ABAオールルーキーチーム (1975)
  • 6× NBAシーズンリバウンド王 (1979, 1981–1985)
  • ABAオールタイムチーム
  • NBA50周年記念オールタイムチーム
  • No. 24 ヒューストン・ロケッツ永久欠番

 

  1. ABAオールルーキー1stチーム:1975
  2. オールスターゲーム出場:12回 (1975, 1978, 1979, 1980, 1981, 1982, 1983, 1985, 1986, 1987, 1988, 1989)
  3. NBA最優秀選手賞 (MVP):3回 (1979, 1982, 1983)
  4. NBAファイナル最優秀選手賞 (MVP):1回 (1983)
  5. NBAオール1stチーム:4回 (1979, 1982, 1983, 1985)
  6. NBAオール1stディフェンスチーム:1回 (1983)
  7. NBAオール2ndチーム:4回 (1980, 1981, 1984, 1987)
  8. NBAオール2ndディフェンスチーム:1回 (1979)
  9. NBAリバウンド王:5回 (1979-1444, 1981-1180, 1982-1188, 1983-1194, 1985-1031)
  10. NBAオフェンシブリバウンド歴代1位:6,731リバウンド
  11. NBAフリースロー得点歴代2位:8,531ポイント
  12. NBAベスト50選手:1996年

経歴

[NBA]リバウンダー王モーゼス・マローン全ストーリー
1974-1975
1975-19761976
1976-1982
1982-1986
1986-1988
1988-1991
1991-1993
1993-1994
1994-1995
ユタ・スターズ(ABA)
スピリッツ・オブ・セントルイス(ABA)
バッファロー・ブレイブス
ヒューストン・ロケッツ
フィラデルフィア・76サーズ
ワシントン・ブレッツ
アトランタ・ホークス
ミルウォーキー・バックス
フィラデルフィア・76サーズ
サンアントニオ・スパーズ

 

マローンは地元バージニア州のピーターズバーグ高校を率いて、2回の州チャンピオン、50連勝などの実績を残した。

 

1974年に卒業するとABAのユタ・スターズに入団した。

 

1990年代になり高校卒業後にプロ入りする選手は珍しくなくなったが(現在は高校卒業後1年は経過しないとドラフト指名することができない。)、マローンは何人かの一人だった。

 

以前にもジョー・グラボスキーなどが高卒でプロ入りした。

 

ルーキーシーズンから平均18.8ポイントをあげ、ABAオールスターゲーム選出、ABAオールルーキー・ファーストチームに選出される。

 

翌年はセントルイス・スピリッツでプレーをする。

 

1976年にはABAの解体がありマローンはチームを転々とする。

 

最初にABA選手ドラフトでポートランド・トレイルブレイザーズに引き抜かれるがバッファロー・ブレーブスにトレードされる。

 

短い期間プレーした後、最終的にヒューストン・ロケッツに移籍した。

 

マローンの入団で当時 弱小チームだったロケッツは強豪と肩を並べるようになった。

 

1981年には彼の活躍でNBAファイナルまで進出した(相手はラリー・バードを擁したボストン・セルティックス)。

 

ロケッツに所属する間に1979年と1982年の2回最優秀選手賞 (MVP)に輝いている。

 

翌シーズンからマローンはフィラデルフィア・セブンティシクサーズに移籍する。

 

当時、”ドクターJ” ジュリアス・アービングを擁したシクサーズは打倒セルティックスに燃えており、東部地区では強豪に数えられる存在になっていた。

 

今一歩のところで優勝を逃していたシクサーズは前年度MVPのマローンを切り札として獲得したのだった。

 

マローンも期待通りの活躍をみせ、1982-83シーズンにシクサーズは優勝を果す。

 

マローンはレギュラーシーズンのMVP、ファイナルのMVPの2冠を達成する。

 

その後も2年連続でプレーオフに進出するが優勝は出来なかった。

 

マローンは1986年にワシントン・ブレッツにトレードされる。

 

ブレッツでも活躍をみせ、2シーズン連続でプレーオフ進出の原動力となった。

 

1989年から3シーズンはアトランタ・ホークス、1992年から2シーズンをミルウォーキー・バックス、1993年から1シーズンをシクサーズ、1994年から1シーズンをサンアントニオ・スパーズでそれぞれプレーをした。

 

1995年に引退したマローンは、1996年にNBA史上最も偉大な50選手に選出され、2001年に殿堂入りした。

エピソード

Remembering Moses Malone

マローンの引退を最後に、ABAでプレーした経験を持つ選手は現役からいなくなった。

 

モーゼスという名前は有名な聖人からとった名前。

 

マローンは高校卒業後、大学でプレーせずに直接プロ入りしました。

 

マローンは高卒でプロ入りした代表的な選手といっていいでしょう。

 

ケビン・ガーネット、コービー・ブライアント、レブロン・ジェームズなど高卒で大活躍した選手のはしりです。

 

プレースタイル

Moses Malone – King of Boards

身長は208cmとセンターとしてはそれほど高くないですが得点にリバウンドとインサイドが本当に強い選手でした。

 

ゴール下を支配する古典的なセンターで、オフェンスリバンドは史上歴代1位の記録を持ち、圧倒的なフィジカルでペイントエリアで無敵を誇った。

 

まさに「ゴール下のチェアマン」だ。

 

1試合38得点、32リバウンドを記録したこともある。

 

キャリア平均ダブルダブルの快挙も成し遂げた。

 

あのチャールズ・バークレーもキャリアで1番影響を受けた選手として彼の名前を挙げています。

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