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ホーナス・ワグナー

野球

概略

HONUS WAGNER Parade rare footage
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ペンシルベニア州
生年月日 1874年2月24日
没年月日 1955年12月6日(81歳没)
身長
体重
5′ 11″ =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg

 

ポジションは遊撃手(ショート)。

 

右投右打。

 

“The Flying Dutchman”(フライング・ダッチマン)」の愛称を持ち、史上最高の遊撃手との声も高い。

 

この愛称は、ワグナーがペンシルベニア・ダッチ(ペンシルベニア州のドイツ系移民)の家系出身であることと、同姓の作曲家リヒャルト・ワーグナーのオペラ「さまよえるオランダ人」の英語訳題名に由来している。

 

 

右打者では最多の通算3420安打、首位打者8回を記録した。

ホーンスビーと並ぶ歴代最高の右打者の一人です。
打点王も5回獲得し、OPSトップは8回、WARはトップ11回、1900年代は1901年以外すべての年でワグナーがWARトップでした。

1900年代最高のOPS.915も記録しており、1900年代最高の打者の一人でした。
全盛期にはまだMVPがありませんでしたが、もしあれば6回は獲得していたそうです。
WS出場は2回だけでしたが、1909年には活躍しチームを優勝へ導きました。

 

タイトル

  • 首位打者: 8回、1900年、1903年、1904年、1906年、1907年、1908年、1909年、1911年
  • 打点王: 5回、1901年、1902年、1908年、1909年、1912年
  • 盗塁王: 5回、1901年、1902年1904年、1907年、1908年

記録

  • 最高出塁率:4回
  • 長打率1位:6回 (歴代7位)
  • OPS1位:8回 (歴代6位)
  • 最多安打:2回
  • メジャーリーグベースボール・オールセンチュリー・チーム選出(1999年)
  • 通算安打数:3420(歴代8位)
  • 通算二塁打数:643(歴代9位)
  • 通算三塁打数:252(歴代3位)
  • 通算盗塁:723(歴代10位)

 

経歴

Honus Wagner – Baseball Hall of Fame Biographies
  • ルイビル・カーネルズ (1897 – 1899)
  • ピッツバーグ・パイレーツ (1900 – 1917)

 

2年間のマイナーリーグを経て、1897年にルイビル・カーネルズよりメジャーリーグデビュー。

 

2年目の1898年からレギュラーを獲得し、10本塁打105打点を記録。

 

3年目には打率リーグ10位となる.341、リーグ4位の118打点でカーネルズの中心選手になるも、チームは低迷。

 

翌年からのナショナルリーグチーム削減に備えたオーナーバーニー・ドレイファスはピッツバーグ・パイレーツを買収し、ワグナーや後に殿堂入り投手となるルーブ・ワッデル、選手兼任監督フレッド・クラークなどカーネルズの主力をパイレーツに移籍させ、カーネルズは消滅した。

 

パイレーツ1年目となる1900年に才能が開花し、自身初タイトルとなる首位打者をはじめ、最高長打率・最多二塁打・最多三塁打を獲得。

 

前年度7位だったパイレーツを一気に2位に浮上させる立役者となった。

 

1901年は打点王・盗塁王の2冠に輝き、チーム創設20年目にして初のリーグ優勝に導いた。

 

1902年も打点王・盗塁王に加え、得点王になり、チームのリーグ2連覇に大きく貢献した。

 

1903年は2度目となる首位打者を獲得し、リーグ3連覇も達成したが、第1回ワールドシリーズで当時リーグ屈指の投手サイ・ヤング擁するボストン・アメリカンズに打率.222と完全に抑え込まれチームも敗北する。

 

1904年、ワグナーは首位打者・最高出塁率・長打率1位・盗塁王と大活躍するも、チームは4位で4連覇を逃した。

 

1905年にはプロスポーツ選手とスポーツ用品メーカーとの最初の契約例として、ルイヴィル・スラッガーバットの使用を開始する。

 

1906年は4度目となる首位打者を獲得、1907年は再び首位打者・最高出塁率・長打率1位・盗塁王の大活躍をしたが、黄金期のシカゴ・カブスに破れリーグ2位に終わる。

 

1908年は前年を上回る活躍を見せ、首位打者・最高出塁率・長打率1位・最多安打・盗塁王を獲得したが、2年連続でカブスに屈しリーグ2位に終わった。

 

1909年もワグナーはリーグ最高の成績となる首位打者・最高出塁率・長打率1位・打点王を獲得し、6年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。

 

ワールドシリーズではアメリカンリーグで打撃四冠に輝いたタイ・カッブ擁するリーグ3連覇中のデトロイト・タイガースとの対戦になり、ナショナルリーグ最高選手ワグナーとアメリカンリーグ最高選手カッブの対決は大いに注目を集めた。

 

ワグナーは打率.333、6打点、ワールドシリーズ新記録となる6盗塁を記録し、パイレーツ初の世界一に大きく貢献した。

 

タイガースは最終戦まで食い下がったが最後は力尽き、0-8で敗北。カッブは打率.222とパイレーツに抑え込まれ、快足も活かせず2盗塁に終わった。

 

1910年は最多安打を獲得、1911年は自身8度目となる首位打者を獲得した。

 

1914年には史上2人目となる3000安打を達成、すでに500盗塁も達成済みだったので史上初の3000安打500盗塁も同時に達成することとなった。

 

40歳を過ぎても攻守に衰えを見せることなくプレーし、1917年に引退した。

 

首位打者を歴代2位となる8回、打点王を歴代4位タイ[7]となる5回獲得し、盗塁王にも5回輝く。

 

歴代8位の通算3420安打を記録し、遊撃手安打記録として長く維持されてきたが、2014年にデレク・ジーターが更新した。

エピソード

Honus Wagner

現役当時のワグナーのベースボールカードがオークション等で高値で取引されることでも有名。

 

これは1909年、あるタバコ会社が自社製品に封入したベースボールカードで、直後に非喫煙者のワグナーが回収・廃棄を命じたために流通数が圧倒的に少ないためである。

 

2007年2月28日には、オークションで235万ドル(約2億8500万円)で売買されており、最も高額で取引されたベースボールカードとしてギネス世界記録に認定された。

 

アメリカのTVドラマ「プリズン・ブレイク」でも、ワグナーのベースボールカード(時価30万ドル)を窃盗して収監される人物が登場する。

 

また、ある試合で、史上最高の選手と評する人もいるワグナーとの対戦を控え、若い投手が監督に「ワグナーを抑えるにはどうすればいいでしょう?」と聞いた。

 

これに対し監督は、 「簡単だ。いいか若いの、真ん中に投げて、後はすぐさま神に祈れ」と返した逸話があり、抑えることの難しい強打者の攻略法の際にしばしばジョークで借用されることがある。

 

背番号33番はパイレーツの永久欠番になりました。
引退後はアルコール依存症にかかり、恵まれなかったんですがコーチとして野球界に復帰したりもしました。
そして、1955年に81歳で亡くなりました。

 

プレースタイル

Honus Wagner

1900年代最高のOPS.915も記録しており、1900年代最高の打者の一人でした。

 

守備は当時メジャー最高で、走塁では盗塁王5回に通算盗塁723個を記録しました。

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