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【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

アラン・シモンセン

サッカー

概略

Allan Simonsen, Simonet [Best Goals]
国籍  デンマーク
生年月日 1952年12月15日(67歳)
出身地 南デンマーク地域ヴァイレ
身長 165cm
体重 59kg

 

ポジションはフォワード(右ウイング)。

 

利き足は右。

 

「小さな巨人」の異名を持つ。

 

小柄ながら凄まじいダッシュ力とドリブルを擁してボルシアMG第2期黄金時代を築いたデンマークウィングプレーヤー。

 

ボルシアMG在籍時にUEFAカップを2回、ブンデスリ-ガ3連覇など数々のタイトルを獲得して1977年にはバロンド-ルに選出されている。

 

獲得タイトル

クラブ

ヴェイレBK
  • Danish championship: 1971, 1972, 1984
  • Danish Cup: 1972
ボルシア・メンヘングラッドバッハ
  • Bundesliga: 1974–75, 1975–76, 1976–77
  • DFB-Pokal 1972–73
  • DFL-Supercup: 1977
  • European Cup: runners-up 1976–77
  • UEFA Cup: 1974–75, 1978–79; runners-up 1972–73
FCバルセロナ
  • Copa del Rey: 1980–81
  • UEFA Cup Winners’ Cup: 1981–82

代表

  • UEFA European Championship bronze:1984

個人

  • Ballon d’Or: 1977, 1983 (Third place)
  • Onze de Bronze: 1977
  • kicker Bundesliga Team of the Season: 1974–75, 1975–76, 1976–77[22][23][24]
  • IOC Eurorpean Footballer of the Season: 1976–77
  • European Cup Top Scorer: 1977–78
  • UEFA Cup Top Scorer: 1978–79
  • Danish Football Hall of Fame

 

経歴

Skills of Allan Simonsen
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1971-1972 デンマークの旗 ヴェイレBK 42 (16)
1972-1979 ドイツの旗 ボルシアMG 178 (76)
1979-1983 スペインの旗 FCバルセロナ 98 (31)
1983 イングランドの旗 チャールトン 16 (9)
1983-1989 デンマークの旗 ヴェイレBK 166 (70)
代表歴
1972-1986 デンマークの旗 デンマーク 55 (20)

 

クラブ

 

70年のデビュー当時、デンマークにはプロリーグは存在せず、アマチュアリーグのバイレというチームで18歳でデビュー。

 

19歳ですでに国内最高峰の選手となっていた。

 

ハンブルガーSV、アンデルレヒトという名門からのオファーを受けたが、レアル・マドリードに去ったネッツァーの後継者を探していた、当時ヨーロッパ屈指の強豪クラブであったボルシアMGに移籍。

 

ボルシアMGでは、丸2シーズン体作りに専念し、3シーズン目の73/74シーズンからレギュラーとして活躍。

 

74/75シーズンには、ネッツァーがボルシアMGを去ってから、ブンデスリーガのタイトルを独占していたバイエルン・ミュンヘンを抑え、リーグ優勝を果たし、その後、リーグ3連覇を達成している。

 

ヨーロッパの舞台でも圧倒的な活躍を見せ、UEFAカップの2度の優勝、さらに、76/77シーズンには、チャンピオンズカップ決勝に進出している。

 

決勝ではリヴァプールに敗れたものの、その活躍が評価され、77年の欧州最優秀選手に選ばれている。

 

77/78シーズンも、チャンピオンズカップで勝ち進み、準決勝で再びリヴァプールに敗れているが、5ゴールを挙げ、大会得点王となっている。

 

79/80シーズンより、FCバルセロナにプレー。

 

スペインでもその能力を遺憾なく発揮し、キーニ、シュスターらと共に活躍。

 

リーグ優勝は叶わなかったが、カップウイナーズ・カップで優勝をしている。

 

3シーズンプレーして退団したが、彼の後釜としてFCバルセロナが獲得したのは、ディエゴ・マラドーナである。

 

その後、イングランドのチャールトンを経て、まだ全盛期であったにも関わらず、古巣のバイレに移籍し、海外からのオファーを断り、デンマークのサッカーの発展のため尽力した。

 

代表

 

代表では55試合に出場し、22ゴールを記録している。

 

プロデビューして間もなく代表の中軸を担うこととなり、72年のミュンヘンオリンピックでは自らの2ゴールでブラジルを下している。

 

しかし、当時のデンマークのサッカー事情からすると、ワールドカップ、欧州選手権という真の大舞台は程遠い存在であった。

 

そのため、ほとんど代表で脚光を浴びることはなかったが、代表でのプレーにこだわり、その姿に引っ張られるようにして、ミカエル・ラウドルップやエルケーア=ラーセンというタレントが生まれることとなった。

 

徐々にタレントが揃いだした84年の欧州選手権の予選では快進撃を進め、最後にはウエンブリーでのイングランドとの直接対決をシモンセン自身のゴールで制し、初のメジャー大会への出場を果たした。

 

しかし、欧州選手権の本戦ではグループリーグの初戦で骨折してしまい、大会を去っている。

 

86年のW杯予選を迎えたころには、骨折の影響もあり選手としてのピークは過ぎており、ミカエルとエルケーア・ラーセンという若きタレントがチームの中心となっていた。

 

欧州予選を危なげなく通過し、本戦ではデンマーク旋風を起こすのであるが、シモンセンはわずか1試合に途中出場したのみであった。

 

シモンセン自身の大舞台での活躍は叶わなかったが、その後のデンマークは欧州選手権で優勝し、W杯の常連国となった。

エピソード

Football Legend – Allan Simonsen Top Goals

 

引退後はフェロー諸島代表監督などを務めた。

 

プレースタイル

Allan Simonsen… European Footballer of the Year 1977

165センチで60キロにも満たない華奢な体で、ヨーロッパを高速ドリブルで切り裂いた「デンマークの小さな巨人」こと、アラン・シモンセンである。

 

凄まじいスピードとテクニックを兼ね備えたドリブルを最大の武器とし、DFを切り裂きゴールとアシストの山を築いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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