マイケル・オーウェン

概略

国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1979年12月14日(40歳)
出身地 チェスター
身長 173cm
体重 70kg

 

ポジションはフォワード(センターフォワード)。

 

利き足は右。

 

愛称は「ワンダーボーイ」。

 

1998年に当時イングランド史上最年少でイングランド代表代表デビューを飾り、最年少ゴールも記録し世界に衝撃を与えた。

 

1998 FIFAワールドカップ 、EURO2000、2002 FIFAワールドカップ、EURO2004で得点を挙げ、4つのメジャー大会で得点を記録している唯一の選手となっている。

 

イングランド代表では史上7位の出場数を誇り、89試合で40得点を記録している。

 

獲得タイトル

クラブ

リヴァプール
  • FAカップ:2000-01
  • フットボールリーグカップ:2000-01, 2002-03
  • FAコミュニティ・シールド:2001
  • UEFAカップ:2000-01
  • UEFAスーパーカップ:2001
マンチェスター・ユナイテッド
  • プレミアリーグ:2010-11
  • フットボールリーグカップ:2009-10
  • FAコミュニティ・シールド:2010

個人

  • PFA年間最優秀若手選手賞:1997-98
  • プレミアリーグ月間最優秀選手:1998.8
  • プレミアリーグ得点王:1997-98, 1998-99
  • PFA年間ベストイレブン:1997-98
  • BBCスポーツ・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー:1998
  • FIFAワールドカップベストヤングプレイヤー:1998
  • バロンドール:2001
  • プレミアリーグ10周年記念ベストイレブン(国内選手による): 2002
  • 20世紀の偉大なサッカー選手100人(44位): 1999
  • 世界最優秀選手賞:2001
  • FIFA 100:2004

 

経歴

クラブ
クラブ 出場 (得点)
1996-2004 イングランドの旗リヴァプールFC 216 (118)
2004-2005 スペインの旗 レアル・マドリード 36 (13)
2005-2009 イングランドの旗 ニューカッスル・ユナイテッドFC 71 (26)
2009-2012 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッドFC 31 (5)
2012-2013 イングランドの旗ストーク・シティFC 8 (1)
通算 362 (163)
代表歴
1997 イングランドの旗 イングランド U-20 4 (3)
1997 イングランドの旗 イングランド U-21 1 (1)
2006-2007 イングランドの旗 イングランド B 2 (0)
1998-2008 イングランドの旗 イングランド 89 (40)

 

クラブ

 

リバプールの下部組織で育ったオーウェンは、1996-97シーズンに17歳にしてトップデビューを果たすと、その試合で初ゴールを記録。

 

すぐさま出場機会をつかむと、97-98シーズンには18得点をマークし、18歳にしてプレミアリーグ得点王を獲得した。

 

イングランド代表として98年夏のフランス・ワールドカップ出場を経て、98-99シーズンも18ゴールを奪って2季連続で得点王に輝き、“ワンダーボーイ”としてその名を轟かせた。

 

当時から慢性的な負傷に苦しめられるも、7季連続でチーム得点王を維持し続け、リバプールではリーグ戦216試合出場118得点を記録している。

 

2004年にレアル・マドリードへ移籍するも、度重なる負傷の影響で主力に定着できず、期待を裏切る形で、わずか1年で退団。

 

ニューカッスル移籍でイングランドに帰還した後、09年に古巣リバプールの宿敵であるマンチェスター・ユナイテッドへの移籍を決断する。

 

ストーク・シティを経て、13年に現役生活にピリオドを打った。

 

代表

 

代表ではチリ戦に出場したオーウェンは18歳と59日であり、20世紀にデビューした選手の中では最年少の記録となっている。

 

オーウェンは若さ溢れる熱意と抜群の瞬発力、スピードにより国民的な人気を集め、ファンの多くは1998年に開催されるワールドカップでレギュラーとしてプレイすることを熱望した。

 

初得点は大会前に行われたモロッコとの親善試合で生まれ、このゴールにより彼への評価はさらに高まった。

 

このゴールは2003年にウェイン・ルーニーに更新されるまで、イングランド代表史上最年少ゴールであった。

 

グレン・ホドルより1998 FIFAワールドカップのメンバーに選ばれたが、最初の2試合はスターティングメンバーから外れた。

 

しかし、交代で出場した第2戦のルーマニア戦は1-2で敗れたが得点を決め、ポストに当てるシュートも放った。

 

この試合以降、ホドルはスターティングメンバーでオーウェンを起用し、決勝トーナメント一回戦のアルゼンチン戦ではロベルト・アジャラとホセ・チャモを抜き去り、個人技からゴールを奪った。

 

試合は引き分けに終わりPK戦の末敗れたが、MVP投票ではベスト4未満のチームの選手として最高の7位に入った。

 

オーウェンはイングランド代表で確固たる地位を確立し、国民からの人気は大幅に高まった。

 

その年の終わりには一般投票により、BBCスポーツ・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

 

その後はEURO2000、2002 FIFAワールドカップ、EURO2004に出場し、3大会全てで得点を記録しており、4つの主要な国際大会でゴールを決めた唯一の選手となっている。

 

エピソード

 

オーウェンは数台の自動車とヘリコプターを持ち、競馬とギャンブルを趣味にしている。

 

ニューカッスルでプレーするためにイギリスに戻ってからは、毎日近くのBAEシステムズからヘリコプターで練習に通っていた。

 

後に家にヘリポートとAS 365を所有し、パイロットになるための訓練を受けていたが、高額な保険料を支払わなければならないため、クラブから訓練を受けることを禁止された。

 

多くの競走馬も所有しており、トム・ダスコムが調教をしている。

 

義理の兄リッチー・パートリッジもサッカー選手である。

 

オーウェンは多くの広告に出演し、2001年にオーウェンは朝食用のシリアル「ネスレ・スポーティーズ」の広告塔を務め、粉洗剤「パーシル」とは100万ポンド相当の契約を結んだ。

 

「ワールドサッカー ウイニングイレブン 2008」ではイメージキャラクターを務め、1998年からティソのアンバサダーを務め、ジャガーとも契約している。

 

プレースタイル

相手DF裏に抜ける爆発的なスピードを誇り、そのスピードは圧倒的でした。

 

 

とくにカウンターで威力を発揮した。

 

 

オーウェンがよくやっていたテクニックの一つで、足の側面を巧く使ってスピードを殺さず前にボールを運ぶというのがあります。

 

南米の選手とかはよくやりますが、不器用なストライカーだらけのイングランドであれができるのは彼とデフォーくらいです。

 

彼はスピードに目がいきがちですが、足の使い方が本当に巧いです。

 

ヒザから下すべてでシュートが打てるような感じでした。

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