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【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

セルヒオ・アグエロ

サッカー

概略

Sergio Kun Aguero – Skills and Goals – The Invincible!
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
スペインの旗 スペイン
生年月日 1988年6月2日(32歳)
出身地 キルメス
身長 173cm
体重 70kg

 

ポジションはフォワード(センターフォワード、セカンドトップ)。

 

利き足は右。

 

愛称は「クン」。

 

アルゼンチンが誇る稀代の点取り屋。

 

プレミアリーグ最多ハットトリックの記録保持者である。(2020年1月12日までに12回達成)

 

獲得タイトル

クラブ

アトレティコ・マドリード
  • UEFAインタートトカップ:1回(2007)
  • UEFAヨーロッパリーグ:1回(2009-10)
  • UEFAスーパーカップ:1回(2010)
マンチェスター・シティ
  • プレミアリーグ:4回(2011-12, 2013-14, 2017-18, 2018-19)
  • EFLカップ:4回(2013-14, 2015-16, 2017-18, 2018-19)
  • FAコミュニティ・シールド:3回(2012, 2018, 2019)
  • FAカップ:1回(2018-19)

代表

アルゼンチン代表
  • FIFA U-20ワールドカップ : 2005, 2007
  • オリンピックサッカー金メダル : 2008

個人

  • FIFA U-20ワールドカップ最優秀選手 : 2007
  • FIFA U-20ワールドカップ得点王 : 2007
  • FIFA世界最有望選手賞 : 2007
  • ゴールデンボーイ賞 : 2007
  • プレミアリーグ得点王 : 2014-15
  • プレミアリーグ月間最優秀選手:2014.11, 2016.1, 2016.4, 2018.1
  • PFA年間ベストイレブン:2018, 2019

 

経歴

Sergio Agüero | Skills, Goals and Highlights | HD
クラブ
クラブ 出場 (得点)
2003-2006 アルゼンチンの旗 インデペンディエンテ 54 (23)
2006-2011 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 175 (74)
2011- イングランドの旗 マンチェスター・シティ 239 (164)
代表歴2
2004  アルゼンチン U-17 5 (3)
2005-2007  アルゼンチン U-20 7 (6)
2008  アルゼンチン U-23 5 (2)
2006- アルゼンチンの旗 アルゼンチン 97 (41)

 

クラブ

 

アルゼンチンのCAインデペンディエンテでサッカー選手としてのキャリアをスタート。

 

2003年7月23日にディエゴ・マラドーナの持つプリメーラ・ディビシオン最年少出場記録を更新する、15歳と35日でのトップチームデビューを飾る。

 

2002-03後期リーグ、2003-04前期リーグでの出場はこの1試合のみであったが、2003-04後期リーグより徐々に出番を増やしていき(5試合0ゴール)、2004-05前期リーグでは7試合に出場、リーグ初ゴールを含む2ゴールを記録した。

 

続く2004-05後期リーグで5試合で3ゴールを記録。

 

2005-06シーズンはチームの主力として前期・後期共に18試合出場9ゴールとブレイク。ワールドユースでの活躍も相まって世界で最も将来有望なサッカー選手の一人として認知され、「ニュー・メッシ」(このシーズン、メッシはFCバルセロナで大ブレイクを果たした)とも「マラドーナの後継者」(マラドーナ自身もその才能を認め「アグエロをA代表に招集すべき」と発言したこともある)とも呼ばれるようになった。

 

彼の元には、早くから移籍金1200万ユーロで獲得に乗り出したビジャレアルCFの他、メッシの所属するFCバルセロナやバイエルン・ミュンヘンなど多くの欧州の強豪クラブからのオファーが届いたが、最終的にアトレティコ・マドリードへ同クラブ史上最高額(約2000万ユーロ)での移籍が決定した。

 

鳴り物入りで入団したアトレティコでは、2006-07シーズンのリーグ初戦となるラシン・サンタンデール戦でミスタとの交代で途中出場しリーガ・エスパニョーラデビューを果たす。

 

やがてこのスペイン代表をベンチに追いやり、クラブの旗印であるフェルナンド・トーレスと2トップを組む機会が増えると、リーグ第3戦アスレティック・ビルバオ戦でリーガ初得点を記録した。

 

2006年9月3日にはアルゼンチンのフル代表デビューも果たしており、順調なスタートを切るものの、トーレスとの強力2トップを活かすことが出来ぬまま7位でシーズンは終了。

 

それでもリーグ全38試合に出場し、周りのサポートに恵まれない状況でも初挑戦となるヨーロッパのトップリーグで6ゴールを記録。

 

そのポテンシャルの高さをうかがわせた。

 

2007-08シーズン、チームのエースでありキャプテンであったトーレスがリヴァプールFCに移籍し、チームの新たな顔としての期待が高まる中、かつてインデペンディエンテに所属し、トーレスの後釜としてビジャレアルCFから移籍したディエゴ・フォルランとの2トップでシーズン序盤からゴールを量産。

 

最終的にはリーグ3位となる20ゴールを決め、チームの欧州CL出場件獲得に貢献した。

 

2007年のFIFA世界最有望選手賞を受賞。

 

2008年にはテレビ局による第1回アントニオ・プエルタ賞を受賞した。

 

2008-09シーズンはチャンピオンズリーグに初出場し、グループリーグ初戦のPSV戦では初ゴールを含む2ゴールを記録。

 

しかしその後は1ゴールに終わり、チームも無敗ながらベスト16で敗退。リーガではアグエロ自身のゴールは17に減ったが、パートナーのフォルランがリーガ最多となる32ゴールを挙げるなどこのシーズンも2トップが爆発し、2年連続の4位・CL出場権獲得に大きく貢献した。

 

2009-10シーズンはリーガでの得点は12にさらに減少。

 

しかしチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグと欧州規模の大会で16試合に出場するなど、自身最多のシーズン54試合に出場。

 

ヨーロッパリーグ決勝のフラムFC戦ではフォルランの2得点をアシストし、アトレティコの14年ぶりのタイトル獲得に貢献した。

 

2010-11シーズンはシーズン初戦のUEFAスーパーカップのインテル戦で1得点1アシストの活躍で勝利に貢献しスタート。

 

2010年12月に、念願だったスペイン国籍の取得に成功した。

 

チームの不調とともに自身の得点も伸び悩んだものの、リーグ終了までの全8試合で得点を記録。

 

リーグ最終戦のRCDマヨルカ戦ではアトレティコでは初のハットトリックを達成し、翌シーズンのヨーロッパリーグ出場権獲得に貢献。

 

またこの3得点でシーズン通算20得点とし、得点ランキング3位に入った。

 

2010-11シーズン終了から3日後に、退団希望を自身のサイトで発表。

 

ユヴェントスFC、チェルシーFC、レアル・マドリードなどが興味を抱いたが、2011年7月28日にイングランドプレミアリーグのマンチェスター・シティFCに移籍。

 

移籍金は推定4500万ユーロで、5年契約を結んだ。

 

アトレティコの会長であるエンリケ・セレソはこのアグエロの移籍に不信感を抱いており、アトレティコのホームであるワンダ・メトロポリターノにあるアグエロのプレートには唾が吐きかけられたりしていた。

 

プレミアリーグデビュー戦となるスウォンジー・シティAFC戦で途中出場ながら2得点1アシストの鮮烈なデビューを飾った。

 

2012年5月13日、勝利すればリーグ優勝となるプレミアリーグ最終節・クイーンズ・パーク・レンジャーズFC戦において、1-2と1人少ないQPRにリードされていたが、92分にジェコのヘディングシュートで同点、さらに94分にアグエロが逆転ゴールを決め、マンチェスター・シティを44シーズンぶりとなるプレミアリーグ優勝へと導いた。

 

また、このゴールについてアグエロは「間違いなく僕のキャリアの中でも一番重要なゴールとなったね。最後の数秒でタイトルを決めるゴールを挙げた。2度と起こるかわからないよ。QPRは残留のため戦っていた。自陣深く引いていたから、彼らのカウンターアタックが僕らを悩ますことは分かっていた」、「試合終了と同時にファンがピッチになだれ込んできた。彼らは僕をつかみ、キスした。ファンからの愛を感じることができた。僕を幸せにしてくれたね。シティに来たときから、みんな僕によくしてくれた。優勝を決めるゴールと歴史を作ったことで彼らに恩返しができたよ。もっとタイトルを獲得するために毎日ベストを尽くすよ。全てはファンが喜ぶようなサッカーをするためだね」と語っている。

 

結局このシーズンは得点ランク3位となる23ゴールを決めた。

 

2014年1月には1か月の怪我から復帰した後のFAカップで途中交代1分のファーストタッチで得点を挙げた。

 

2014-15シーズン 11月18日のトッテナム戦では4ゴールを決め、4月のマンチェスターダービーでは2ゴールを決めるなど、最終的にリーグ戦26ゴールを挙げ、初のプレミアリーグ得点王となった。

 

2015-16シーズン10月3日、プレミアリーグ第8節のニューカッスル戦で1トップに入り、20分で5得点をあげる活躍を見せた。

 

1試合5得点はプレミアリーグ史上5人目の快挙であった。

 

4月16日のチェルシー戦でもハットトリックを達成した、3日後のニューカッスル戦でもゴールを決め、プレミアリーグ100ゴールを達成した。

 

シーズン24ゴールを決めたが、2年連続のゴールデンブーツはならなかった。

 

2016-17シーズン、開幕戦のサンダーランド戦でゴールを決めた。11月5日のミドルスブラ戦にてマンチェスター・シティでの150ゴールを達成した。ジェズスの活躍でベンチスタートも数試合あったが、ジェズスが怪我で離脱すると先発に復帰、最終的にリーグ戦31試合で20ゴールを決め、3年連続での20ゴール越えを達成した。

2017-18シーズンの第4節、リヴァプールFC戦で先制となるゴールを決めた。

 

これにより、プレミアリーグでの通算得点数が124となり、ドワイト・ヨークを抜き、ヨーロッパ圏外選手のプレミアリーグ最多得点記録を更新した。

 

11月1日、欧州CL第4節のSSCナポリ戦で得点を決めるとクラブ通算得点記録を更新した。

 

2月10日のレスター戦では4ゴールと大爆発した。

 

またリーグカップ決勝では先制点を決め、優勝を手繰り寄せた。

 

リーグ戦ではジェススとプレータイムを分け合うこともあり、また怪我で後半戦欠場したが、21ゴールを決め、リーグ優勝に大きな貢献をした。

 

2018年コミュニティ・シールド、チェルシー戦で2ゴールを決め、シティの6年ぶりとなるコミュニティー・シールド制覇を助けた。

 

この試合における1点目はマンチェスターシティでの通算200ゴールとなった。2018-19シーズンのプレミアリーグ第2節ハダースフィールド戦において、プレミアリーグ歴代2位となる自身9回目のハットトリックを達成した。

 

第25節のアーセナル戦で10度目のハットトリックを記録。

 

続く26節のチェルシー戦のハットトリックでアラン・シアラーと並びプレミアリーグ最多タイの11回目のハットトリックとなった、最終的に21ゴールを決めシティの2年連続のリーグ制覇に貢献したが、1点差でリーグ得点王を逃した。

 

2019-20シーズンの第3節ボーンマスで2ゴールを決め、キャリア通算400ゴールを達成した。

 

2020年1月12日プレミアリーグ22節のアストンビラ戦でハットトリックを決め、プレミア通算ハットトリック回数を12とし、シアラーと並んでいたの最多記録を更新した。

 

2020年2月には2020年1月のプレミアリーグ最優秀選手賞を受賞し、ジェラード、ケインを抑え6回目の受賞となり、プレミアリーグ最多受賞者となった。

 

代表

 

FIFAワールドユース選手権2005ではアルゼンチン代表に一つ年上のリオネル・メッシと共に選出され、ナイジェリアとの決勝戦では試合途中から出場、勝ち越しとなったPKを獲得するなどチームの優勝に貢献した。

 

2006年9月3日のブラジルとの親善試合では、18歳3ヶ月でフル代表デビューを果たした。

 

2007年のFIFA U-20ワールドカップではチームのエースとして大会に臨み、グループリーグの北朝鮮戦でのFKからのゴールやトーナメント第1試合のポーランド戦での技巧的なゴール、決勝のチェコ戦での同点ゴールなどの活躍で6得点4アシストを挙げてチームを優勝に導き、大会得点王とMVPを受賞した。

 

コパ・アメリカにもフル代表として選出されたが、ここではメッシやカルロス・テベスら厚いFWの選手層に阻まれ出番は限られた。

 

11月17日に行われたワールドカップ南米予選のボリビア戦でフル代表初ゴールを記録した。

 

2008年8月には北京オリンピックに出場し、準決勝のブラジル戦で2ゴールを決めるなど、アルゼンチンの金メダル獲得に貢献した。

 

FIFAワールドカップ・南アフリカ大会ではグループリーグ第2戦の韓国戦で初出場し、ゴンサロ・イグアインのハットトリックとなる3得点目をアシスト。

 

その後2試合に出場したものの、アルゼンチンは準々決勝でドイツに敗れた。

 

開催国として臨んだコパ・アメリカ2011では、開幕戦のボリビア戦で途中出場し、チームを引き分けに導く同点ゴールを記録。

 

グループリーグ第3戦のコスタリカ戦では2得点を挙げ、この大会のアルゼンチン唯一の勝利に貢献。

 

チームは準々決勝のウルグアイ戦でPK戦の末に敗退し、ベスト8に終わった。

 

2015年6月6日のボリビア戦で代表では初めてとなるハットトリックを達成した。

 

2018 FIFAワールドカップロシア大会では、グループリーグのアイスランド戦で自身ワールドカップ初ゴールを決めた。

 

決勝トーナメント1回戦フランス戦でも後半終了間際にゴールを決めたが、一歩及ばず4-3とフランスに敗れアルゼンチンは敗退した。

 

コパ・アメリカ2019のグループステージ、カタール戦でゴールを決め決勝トーナメント進出に貢献したが、準決勝でブラジルに敗れ、3位決定戦となったチリ戦では決勝ゴールを決め、アルゼンチンの大会第3位に貢献した。

 

エピソード

LaLiga Memory: Kun Agüero Best Goals and Skills

元妻はディエゴ・マラドーナの次女、ジャンニーナ・マラドーナ。

 

2009年2月19日に第一子を出産。

 

「ベンハミン・アグエロ・マラドーナ」と名づけられた。

 

マラドーナにとっても初孫である。

 

愛称は「クン」は1975年から1976年にかけて放送された日本のアニメ『わんぱく大昔クムクム』が由来となっている。

 

少年時代に練習を抜け出して見るほど熱中して見ており、「クムクム」を「クンクン」と発音したことから「クン」の愛称がついた。

 

北京五輪で優勝しスペインへ帰る日にホテルでアグエロの部屋を訪れると、優勝の賞状がグシャグシャになってゴミ箱に捨てられていたそうです。

 

カルロス・テベスが憧れの選手。

 

リバプールFCのファンである 。

 

2015年6月、アメリカの経済誌フォーブスは世界のアスリートの年収を公表した。

 

アグエロの年収は2490万ドル(約31億円)であり、世界の9位にランクインした。

 

2017年5月、ESPNは世界で最も有名なアスリート100人を発表し、49位に選出された。

 

サッカー選手としては18位。

 

プレースタイル

アグエロ スーパープレイ集 プレミアリーグ マンチェスターシティ

最大の魅力は驚異的な得点感覚と決定力だろう。

 

味方の動きに誰よりも早く反応し、鋭い動き出しで相手DFの視界から消えながら、ボックス内でゴールを奪う技術は世界屈指だ。

 

相手GKの肩口を狙うパンチ力あるシュートは、防ぎようがない場面も多々見受けられる。

 

マンC通算254ゴール(368試合出場)という記録が、その決定力の高さを物語っている。

 

また、小柄ながら強靭なフィジカルを持ち合わせ、重心の低いドリブルで相手のマークをものともしない。

 

南米人特有のフォワードという印象で相手ディフェンダーとの駆け引きが上手いく、裏スペースへの抜け出しも抜群。

 

いい意味でずる賢い選手ですので、相手からしたら迷惑極まりないでしょう。

 

下がってボールを受けてサイド選手のスペースを確保したり、相手DFを揺さぶったりすることもします。

 

左右両足、ヘディング、ボレー、ループなど得点パターンが豊富。

 

特にボレーシュートは非常に上手く、クロスにダイレクトで合わせるボレーはワールドクラスです。

 

またスピードとパワーを活かしたドリブル突破も魅力の一つ。

 

アグエロ最大の武器は、裏へ抜ける動き出しです。

 

常に絶妙な位置にポジショニングをして味方のスルーパスを引き出します。

 

ケガの多さが玉に瑕だが、世界屈指のゴールハンターであることに異論はないだろう。

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