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【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

ミロスラフ・クローゼ

サッカー

概略

Miroslav Klose – The Legend – Best Goals In His Career
国籍 ドイツの旗 ドイツ
ポーランドの旗 ポーランド
生年月日 1978年6月9日(42歳)
出身地 ポーランドの旗 ポーランド オポーレ
身長 184cm
体重 84kg

 

ポジションはフォワード(センターフォワード)。

 

利き足は右。

 

愛称は「ミロ」。

 

2000年代ドイツを代表するストライカー。

 

FIFAワールドカップでの歴代最多の通算得点数の記録をもっている。

 

また、ドイツ代表での出場試合数は歴代2位、得点数は歴代最多。

 

獲得タイトル

クラブ

SV ヴェルダー・ブレーメン

  • DFB-Ligapokal: 2006

バイエルン・ミュンヘン

  • Bundesliga: 2007–08, 2009–10
  • DFB-Pokal: 2007–08, 2009–10
  • DFB-Ligapokal: 2007
  • DFB-Supercup: 2010

ラツィオ

  • Coppa Italia: 2012–13

代表

ドイツ代表

  • FIFA World Cup: 2014; runners-up: 2002
  • UEFA European Championship runners-up: 2008

個人

  • FIFA World Cup All-Star Team: 2002, 2006
  • FIFA World Cup Silver Shoe: 2002
  • FIFA World Cup Golden Shoe: 2006
  • German Footballer of the Year: 2006
  • Bundesliga top goalscorer: 2005–06 (25 goals)
  • Bundesliga top assist provider: 2005–06, 2006–07
  • kicker Bundesliga Team of the Season: 2004–05, 2005–06
  • DFB-Pokal top goalscorer: 2007–08

記録

  • FIFA World Cup men’s all-time record goalscorer (16)
  • Germany national team all-time record goalscorer (71)
  • Only player to have had four or more (consecutive) World Cup medals
  • Only men’s player to have appeared in four or more (consecutive) semi-finals in World Cups
  • Scored at least five goals in two World Cups, (record shared only with Teófilo Cubillas and Thomas Müller)
  • Record for scoring most goals from headers in a single edition of the men’s World Cup
  • One of eight players in Serie A history to score five goals in one match

 

経歴

The 68 goals of Miroslav Klose
クラブ
クラブ 出場 (得点)
1999-2004 ドイツの旗 カイザースラウテルン 120 (44)
2004-2007 ドイツの旗 ブレーメン 89 (53)
2007-2011 ドイツの旗 バイエルン 98 (24)
2011-2016 イタリアの旗 ラツィオ 139 (55)
代表歴
2001-2014 ドイツの旗 ドイツ 136 (71)

 

クラブ

 

9歳でドイツに移住し、7部リーグに所属する小さなクラブ、ブラウバッハ=ディーデルコップフやFCホンブルクでアマチュア時代を過ごす。

 

1999年にブンデスリーガ・1.FCカイザースラウテルンのサテライトチームに移籍し、2000年4月にプロデビュー。

 

翌シーズンには計11得点を挙げた。2001–02シーズンには16得点の成績で、チームはUEFAカップ準決勝まで進出した。

 

2002-2003, 2003-2004シーズンは少し調子を落としたが、一定の成績は残した。

 

2004年7月1日に移籍金500万ユーロでヴェルダー・ブレーメンへ移籍するとこれが転機となり復活した。

 

クロアチア代表のイヴァン・クラスニッチと2トップを組み、2005-06シーズンには25得点を挙げ、ブンデスリーガ得点王となった。

 

チームはDFLリーガポカールで優勝した。

 

2007年6月26日、移籍金1200万ユーロ(約19億8千万円)でバイエルン・ミュンヘンへ移籍した。

 

2007–08シーズンにチームはDFBポカール優勝、ブンデスリーガ優勝、DFLリーガポカール優勝を果たした。

 

2009-2010シーズンはマリオ・ゴメスが移籍してきたことやトーマス・ミュラーの台頭により、出場機会および得点数が減少した。

 

しかしチームはDFLスーパーカップで優勝し、決勝で自身もゴールを決めた。

 

2010-2011シーズンは出場機会がさらに減少し、リーグ戦での得点はわずか1点に終わった。

 

2011年6月9日、契約期間満了でバイエルンを退団。

 

SSラツィオへ移籍した。初の海外挑戦に対し不安の声も聞かれたがすんなりとチームにフィットし、怪我での離脱がありながらもチームトップのリーグ戦13得点を記録した。

 

活躍したことでラツィオファンからすぐに受け入れられたが、10月16日のASローマ戦でクローゼがゴールを挙げて勝利すると一部の過激なラツィオファンが敬意を示すためにナチス式敬礼をして問題になるということもあった。

 

2012-2013シーズンでは、2013年5月5日のボローニャFC戦でセリエAでは27年ぶりとなる1試合5ゴールを記録した。

 

最終的にリーグ戦15得点を記録した。

 

チームとしてはコッパ・イタリアで優勝した。

 

2013-2014シーズンは出場機会が少し減り、最終成績も7得点に留まった。

 

ワールドカップ後の2014年7月22日に突然、地元ドイツの「ビルト紙」のインタビューに「来年の夏が引退の時」と自ら引退を示唆する発言をした。

 

2014-2015シーズンはリーグ戦で13ゴール7アシスト、カップ戦6試合で3ゴール2アシストの成績を残した。

 

2015-2016シーズンは計8得点を挙げた。

 

2016年5月10日にラツィオはクローゼとの契約を延長しないことを発表し、2015-2016シーズン終了後に契約満了に伴い退団した。

 

またラツィオでの最後の試合となった5月15日のフィオレンティーナ戦ではPKからゴールを挙げ、ラツィオで通算64得点とし、クラブの外国人選手最多得点記録保持者となった。

 

その後、現役続行の意思を示し、古巣カイザースラウテルン復帰やアメリカ、中国といったヨーロッパ外など様々な移籍オファーが報じられたが、同年11月1日にドイツ・サッカー連盟を通じて現役引退を発表した。

 

代表

 

2000-2001シーズンにFWとして一定の成績を残したことで2001年にポーランドとドイツ両代表から招集を受けるが、クローゼはドイツ代表を選択。

 

2001年3月24日のアルバニア戦で代表デビューを果たした。

 

2002年、FIFAワールドカップ日韓大会を控えた親善試合でハットトリックを2度達成して好調を維持。

 

大会本番でも7試合5得点(全ての得点がヘディングシュート)で得点ランク2位になり、ユルゲン・クリンスマン、オリバー・ビアホフを継ぐドイツ代表のエースストライカーとしてドイツの準優勝に貢献した。

 

2004年のUEFA EURO 2004では代表チームに召集されたが怪我からの復帰直後で調子が上がらず、2試合の出場で無得点に終わった。

 

チームもグループステージで敗退した。

 

2006年のFIFAワールドカップドイツ大会でも7試合で5得点を決めて得点王となった。

 

また得点以外の面でもスウェーデン戦でルーカス・ポドルスキの得点をアシストするなどの活躍を見せた。

 

2008年のUEFA EURO 2008にも出場し、準々決勝のポルトガル戦と準決勝のトルコ戦でゴールを決めた。

 

決勝では無得点に終わり、チームも敗れた。

 

2010年には自身3度目となる2010 FIFAワールドカップに出場した。

 

若返ったチームの中でも活躍し、グループリーグ初戦のオーストラリア戦で得点を挙げ、3大会連続得点を記録した。

 

第2戦のセルビア戦では2枚のイエローカードを受けて前半で退場し、ドイツも敗れた。

 

出場停止明けの決勝トーナメント1回戦イングランド戦ではマヌエル・ノイアーからのゴールキックをDFに競り勝って直接決め、先制点を挙げた。

 

代表通算100試合目の出場となった準々決勝のアルゼンチン戦では2得点を挙げ、この時点でゲルト・ミュラーに並び、W杯通算得点を歴代2位の14得点とした。

 

その後、準決勝のスペイン戦は無得点、3位決定戦のウルグアイ戦は欠場したため大会通算4得点、W杯歴代通算14得点で大会を終えた。

 

「この大会で代表を引退する」と宣言したが、その後UEFA EURO 2012への正式招集が決定。

 

会見で「自分はまだ若いし、2014年まで十分やっていける。」と2014 FIFAワールドカップへの参加を示唆する発言をした。

 

2011年2月10日のイタリアとの親善試合に出場し代表出場試合数が106となり、ユルゲン・コーラーを抜き歴代単独3位となった。

 

この試合では通算59得点目となる先制点も挙げた。

 

2012年のUEFA EURO 2012は、予選では出場した試合すべてで得点したが、本選では1ゴールに終わった。

 

2013年9月6日の2014 FIFAワールドカップ予選、オーストリア戦で代表通算68得点目を挙げ、ゲルト・ミュラーのドイツ代表歴代最多得点記録に並んだ。

 

2014年6月6日、マインツで行われたアルメニアとの試合で途中出場からゴールを決めて、ゲルト・ミュラーの記録を40年ぶりに塗り替えた。

 

2014 FIFAワールドカップでは6月22日に行われたグループリーグ第2戦のガーナ戦で元ブラジル代表のロナウドと並ぶFIFAワールドカップ歴代通算最多タイのゴールを決めた。

 

さらに7月9日の準決勝では、ブラジル戦で前半23分に右足でシュートを決め、以降6分間でドイツ代表が立て続けに3ゴールを奪うというドイツ圧勝への道筋をつけた。

 

またこのゴールにより、ワールドカップ通算得点を16とし、歴代通算得点の記録を更新した。

 

この記録はギネスに認定された。決勝にも先発出場した。

 

自身の得点はなかったが交代したマリオ・ゲッツェが決勝点を決め、優勝を飾った。

 

また、ワールドカップでの出場試合数が24になり、歴代2位となった。

 

2014年8月11日、クローゼは代表引退を発表した。

 

2014年9月3日にはデュッセルドルフで行われたアルゼンチンとの親善試合の一環として、同じく代表引退を発表したフィリップ・ラームとペア・メルテザッカーとともに功績を讃えるセレモニーが行われた。

 

エピソード

Miroslav Klose – Bundesliga's Greatest – FIFA World Cup All-Time Record Goalscorer

彼をを語るのに、ぜったい外せない逸話があります。

 

2005年4月30日、ブレーメン対ビーレフェルト戦での出来事。(クローゼ選手は当時ブレーメン所属)

 

スコアは0-0。

 

 

この時にクローゼ選手がPKのチャンスを獲得しました。

 

さらに相手選手には警告のイエローカード

 

 

しかし、クローゼ選手は自らが得たPKに対し、「自分が倒れただけで、PKではない」と審判に申告。
 

PKと相手選手への警告を取り消さしました。

 

 

このプレーはドイツオリンピック委員会選定の「フェアプレー賞」に選ばれました。

 

 

さらにカッコいいのがこの後自分でゴールを決めて試合にも勝っていることです。

 

2012年9月26日、ラツィオは敵地でナポリと対戦。(クローゼ選手は当時ラツィオ所属)

 

試合開始直後の3分にラツィオはコーナーキックのチャンスを得ます。

 

そしてコーナーキックからクローゼ選手がゴール

 

しかしナポリの選手たちはクローゼ選手のハンドを主張し、審判に抗議。

 

そしてクローゼ選手はハンドを認めて得点は取り消しとなりました。

 

クローゼ選手のコメント:

「ボールに手が触れたかどうか、審判から尋ねられた。
自分にできる最低限のこととして、正直に告白したんだ。」
「多くの若者たちがテレビを見ている。
彼らにとって自分たちは模範にならなければいけない。」

 

これらの行為は世界中で絶賛されました。

 

ゴールを奪うと、前方宙返りでその喜びを表現することから、「サルト・クローゼ」と呼ばれている

 

カイザースラウテルン時代は、プロになるまで大工のアルバイトをしていた。

 

これは父の「何か手に職を持っておけ」という言いつけによって大工の職業訓練を受けていたためである。

 

プレースタイル

Miroslav Klose – Top 25 Goals – Top 25 Assists

驚異的な得点能力を誇っているが、フィニッシュのバリエーションは決して多くない。

 

代表として歴代最多の71得点を挙げているが、ペナルティーエリア外から決めたシュートは1つもない。

 

得意のヘディングかダイレクトシュートでネットを揺さぶった回数が極端に多く、全体の約8割にあたる56ゴールをワンタッチで記録している。

 

それでも偉大な金字塔を打ち立てられたのは、絶妙な動き出しやポジショニング、卓越したフィニッシュなど磨き上げた技能があるからで、なかでもゴール前での抜群の嗅覚は年齢を重ねるごとに研ぎ澄まされていった。

 

また、それらのテクニックを自身の得点だけでなく、味方の得点にも生かす判断力をもっていた。

 

最大の武器は驚異的な跳躍力からのヘディングシュートだが、スピード、ドリブルにも優れている。

 

代表での活躍があまりに印象的で「代表専」と一部で言われるが、クラブにおいても安定した成績を残している。

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