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【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

アマデオ・カリーソ

サッカー

概略

Homenaje a Amadeo Carrizo (1926 – 2020)
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
生年月日 1926年6月12日
出身地 ルフィーノ
没年月日 2020年3月20日(93歳没)
身長 188cm
体重 86kg

 

ポジションはゴールキーパー。

 

利き足は右。

 

愛称は「ターザン」。

 

国際サッカー歴史統計連盟から20世紀で10番目に偉大なGKに選ばれ、ウーゴ・ガッティやレネ・イギータ、ホセ・ルイス・チラベルトらその後の南米出身のGKに大きな影響を与えた。

 

経歴

  • アルゼンチンの旗 CAリーベル・プレート 1945-1968
  • ペルーの旗 アリアンサ・リマ 1969
  • コロンビアの旗 ミジョナリオスFC 1969-1970
代表歴
1954-1964 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 20 (0)

 

CAリーベル・プレートでは20年以上プレーし、1952年、1953年、1955年、1956年、1957年と5度のリーグ優勝を経験。

 

当時、ラ・マキナと呼ばれた黄金期でホセ・マヌエル・モレノ、フェリックス・ルスタウ、アドルフォ・ペデルネラ、アンヘル・ラブルナ、若いアルフレッド・ディ・ステファノなどのスターと一緒にプレーしました。

 

520試合に出場して同クラブ歴代最多出場記録を持つ。

 

また、アルゼンチン代表としても20試合に出場し、1958年のFIFAワールドカップにも招集された。

 

カリーソは全3試合にスタメン出場したが、アルゼンチンはグループリーグで敗退してしまった。

 

1964年には代表でW杯王者イングランドやペレ擁するブラジル、そしてポルトガルといった強敵を相手に3試合のクリーンシートを記録。

 

リオ・デ・ジャネイロの地でネーションズ・カップを獲得した。

 

エピソード

 

Murió el exportero argentino, Amadeo Carrizo

 

プレースタイル

https://twitter.com/i/status/1241018409292267522

手袋を着用したアルゼンチンで最初のゴールキーパーでした。

 

彼はゴールキーパーというポジションに革命をもたらした選手。

 

彼は屈強な肉体とダイナミックなプレイぶりから、「ターザン」という愛称で呼ばれていた。

 

またキーパーながら足元の技術にも優れており、彼はペナルティエリアを離れてゴールを守る最初のキーパーでした。

 

それまでのゴールキーパーは、フォワードが攻め込んでくるのを待ち、それを制圧するという、ゴール前でのお決まりの役割だけが与えられていた。

 

だがカリーソは飛び出して相手選手を阻止するというプレーを見せた。

 

これは1950年代のフットボールにおいて、大きな転換となった。

 

足も器用で、前線にパスを出し、カウンターアタックの起点にもなった。

 

ゴールキックで反撃を開始する戦略を使用した最初のキーパーでもあった。

 

彼のプレースタイルは多くの有名な南米キーパーに多くのインスピレーションを与えてきました。

 

ウーゴ・ガッティ、レネ・イギータ、ホセ・ルイス・チラベルト、近年ではドイツのマヌエル・ノイアーは、この攻撃的ゴールキーパーの系譜です。

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