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【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

ラファエル・ヴァラン

サッカー

概略

【若き世界最高峰CB】ラファエル・ヴァラン 特徴解説  HD 1080p Raphael Varane みにフト(海外サッカー)
国籍 フランスの旗 フランス
マルティニークの旗 マルティニーク
生年月日 1993年4月25日(27歳)
出身地 リール
身長 191cm
体重 78kg

 

ポジションはディフェンダー(センターバック)。

 

利き足は右。

 

25歳であった2018年の時点で「優勝請負人」の名誉を手に入れた名プレイヤー。

 

彼の獲得に携わったジネディーヌ・ジダンは、現役時代の同僚であったローラン・ブランの後継者と語り、同クラブでキャプテンを務めたフェルナンド・イエロとも比較されるなど、大きな期待を受けている。

 

ヴァラン自身は最良のお手本として、リリアン・テュラムの名前を挙げている。

 

獲得タイトル

クラブ

レアル・マドリード

  • La Liga: 2011–12, 2016–17, 2019–20
  • Copa del Rey: 2013–14
  • Supercopa de España: 2012, 2017, 2019–20
  • UEFA Champions League: 2013–14, 2015–16, 2016–17, 2017–18
  • UEFA Super Cup: 2014, 2016, 2017
  • FIFA Club World Cup: 2014, 2016, 2017, 2018

代表

フランス代表

  • FIFA World Cup: 2018

個人

  • FIFA FIFPro World11: 2018
  • FIFA FIFPro World11 3rd team: 2015, 2017
  • FIFA FIFPro World11 4th team: 2016
  • FIFA FIFPro World11 5th team: 2014
  • FIFA FIFPro World11 nominee: 2019 (12th defender)
  • UEFA Champions League Squad of the Season: 2017–18
  • FIFA World Cup Fantasy Team: 2018
  • FIFA World Cup Dream Team: 2018
  • UEFA Defender of the Season – Runner-up: 2018
  • UEFA Team of the Year: 2018
  • IFFHS Men’s World Team: 2018

 

経歴

Raphaël Varane Craziest Tackles Ever | Top Class |
クラブ
クラブ 出場 (得点)
2010-2011 フランスの旗 RCランス 23 (2)
2011- スペインの旗 レアル・マドリード 196 (6)
代表歴
2010  U-18フランス 2 (1)
2012  U-20フランス 1 (0)
2011-2012  U-21フランス 15 (2)
2013- フランスの旗 フランス 64 (5)

 

クラブ

 

父親はカリブ海マルティニークのLe Morne-Rougeにルーツを持ち、母親もマルティニークにルーツを持つ。

 

1993年4月25日、ヴァランはリールに生まれ、7歳の時に地元リール郡にあるASエレムでサッカーを始めた。

 

2シーズンをASエレムで過ごした後、地元の強豪LOSCリール・メトロポールからも興味を持たれていたが、2002年7月にLOSCリール・メトロポールのライバルのRCランスの下部組織に加わった。

 

また、ガエル・カクタやティモテー・コロジエチャクなど、ノール=パ・ド・カレー地域圏出身者だけで構成された同年代の逸材たちとともに、リエヴァンにあるCentre de Préformation de Footballという練習施設で練習に励んだ。

 

平日はこの施設で、休日はRCランスの下部組織でプレーしていたが、2年後に完全にRCランスでプレーするようになると、下部組織の各カテゴリーを速足で駆け上がっていった。

 

2008-09シーズンはトルガン・アザールやジョフレイ・コンドグビアとともにU-16チームでプレーし、この世代の全国リーグで優勝した。

 

2009-10シーズンはU-19チームに昇格し、主に2歳年上の選手たちに交じってプレーした。

 

2010-11シーズン開幕前にRCランスとプロ契約を結ぶと、続いてフランスアマチュア選手権(4部)に属するリザーブチームに昇格し、JAドランシとのシーズン開幕戦(2-0)でリザーブチームデビューした。

 

その後は9試合連続で先発出場し、その間は1敗しかしていない。

 

2010年10月末、ジャン=ギー・ヴァレム監督によってトップチームの練習に招集され、週末の11月6日に行われたモンペリエHSC戦(2-0)では負傷中のアラディン・ヤイアに代わって驚きの先発出場を果たした。

 

この試合にフル出場し、それまでのシーズンに2度しか達成していない完封で勝利を収めた。

 

試合後にはキャプテンのアディル・エルマシュ、コンビを組んだエリック・シェル、ストライカーのダヴィド・ポジェなどのチームメイトからプレーぶりを称賛され、地元メディアやヴァレム監督からも賛辞を受けた。

 

モンペリエHSC戦後はオリンピック・マルセイユ、オリンピック・リヨンの強豪と連戦したため、他の若手選手たちとともにベンチを温めたが、11月30日のスタッド・ブレスト29戦(4-1)では先発メンバーに復帰した。

 

この試合後にヴァレム監督は解任されたが、ヴァランはラースロー・ベレニ新監督の下でも先発メンバーに定着した。

 

12月にはセンターバックのポジションを争うシェルとヤイアが復帰したため、FCジロンダン・ボルドー戦では守備的ミッドフィールダーとして出場した。

 

この試合では3人目のセンターバックのようなポジションでプレーし、84分にはヨアン・グルキュフの近距離からのシュートをブロックして2-1のリードを保ったが、終盤に失点を喫して2-2の引き分けに終わった。

 

2011年1月には背番号14が与えられた。

 

様々なクラブがヴァランの獲得に興味を示し、これらのクラブからの関心を鎮めるために、2月3日にはRCランスとの契約を2015年まで2年間延長した。

 

5月8日のSMカーン戦(1-1)でプロ初得点を挙げ、その翌節のASモナコ戦(1-1)では同点弾を決めた。

 

これらの価値ある得点を決めたにもかかわらず、RCランスは下位に低迷し、リーグ・ドゥ(2部)降格が決まった。

 

5月21日のACアルル・アヴィニョン戦(0-1)ではゲームキャプテンを務めた。

 

2011年6月22日、RCランスのジェルヴェ・マルテル会長はクラブミーティングで、ヴァランがスペインのレアル・マドリードに移籍すると明言し、「彼はジョゼ・モウリーニョ監督が率いるレアル・マドリードの一員としてプレーするだろう」と述べた。

 

ヴァランは契約に先立ってレアル・マドリードのクラブオフィスを訪れ、同じフランス人でアドバイザーを務めるジネディーヌ・ジダンと対面した。

 

メディカルチェックを受けた後の6月27日、レアル・マドリードは公式にヴァランの獲得を発表した。

 

彼は6年契約を結び、移籍金は約1000万ユーロとされている。

 

ヴァランは背番号19を背負い、開幕前に行われたプレシーズンマッチのロサンゼルス・ギャラクシー戦の後半開始時にデビュー。

 

その4日後のCDグアダラハラ戦ではスターティングメンバーに名を連ね、フル出場した。

 

リーガ第5節ラシン・サンタンデール戦で公式戦デビューし、リカルド・カルヴァーリョと共にセンターバックで出場して無失点に抑えた。

 

3日後のラーヨ・バジェカーノ戦では、メスト・エジルのコーナーキックからアクロバティックなゴールを決め、移籍後初ゴールを記録した。

 

2012-13シーズンには背番号が「2」へと変更になった。

 

コパ・デル・レイ準決勝1stレグで行われたFCバルセロナ戦では、メスト・エジルのクロスから同点弾となるゴールを決めた。

 

また、UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝のガラタサライSK戦1stレグでは3-0での完封勝利に貢献。

 

マルカのファン投票やアスオンラインなどでチーム最高評価を得、ディディエ・ドログバからは、「ヴァランがまだわずか19歳とは本当に信じられない。彼は自分がこれまで対戦してきた中でも最も優れたDFの1人だ」と賞賛された。

 

しかし、リーガ第35節RCDエスパニョール戦にてワカソ・ムバラクとの競り合いで負傷、右足の半月板損傷により長期の離脱を余儀なくされた。

 

2013-14シーズン、10月2日に行われたチャンピオンズリーググループステージのFCコペンハーゲン戦で5ヶ月ぶりに復帰を果たしたものの、11月の代表戦後に再び同箇所を傷めて戦線離脱。

 

2月2日のリーガ第22節アスレティック・ビルバオ戦でロスタイムに出場して復帰すると、11日のコパ・デル・レイでのアトレティコ・マドリード戦で先発復帰を果たした。

 

2014年9月18日、公式サイトでレアル・マドリードとの契約を2020年まで延長したと発表した。

 

2016-17シーズンから背番号を「2」から「5」に変更した。

 

2017年9月27日、レアル・マドリードとの契約を延長した。

2017-18シーズンはチャンピオンズリーグ3連覇に貢献。

 

1998年のクリスティアン・カランブー、2002年のロベルト・カルロス、2014年のサミ・ケディラに次ぎ4人目となる同年にチャンピオンズリーグ、FIFAワールドカップを制した選手となった。

 

それにより、ルカ・モドリッチやキリアン・エムバペ、アントワーヌ・グリーズマンらとともにバロンドールの有力候補の一人と目された。

 

バロンドールはチームメイトであるモドリッチが受賞したものの、FIFA/FIFProワールドイレブンやUEFAチーム・オブ・ザ・イヤーに初めて選出された。

 

代表

 

世代別フランス代表にはU-17代表で初招集されたが、この時は出場機会がなかった。

 

2010年8月24日、U-18デンマーク代表との親善試合(2-0)でU-18フランス代表デビューし、この試合でチームの2点目を決めた。

 

RCランスのトップチームでの出場機会が増え、その後は代表招集の辞退が続いた結果、イスラエルで開催されたTournoi de Limogesには出場できなかった。

 

2011年2月3日にはU-21スロバキア代表との親善試合のためにU-21フランス代表に初招集され、ヴァランはこの招集を「大きなサプライズ」と表現した。

 

このU-21スロバキア代表戦でデビューし、フル出場して3-1の勝利を収めた。

 

11月15日のU-21欧州選手権予選スロバキア戦では、このカテゴリで初得点をマーク。

 

2012年8月にはディディエ・デシャン率いるフル代表にも招集されたが、出場機会はなかった。

 

2013年3月22日に行われた2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選のジョージア代表戦でポール・ポグバと共にA代表デビューを果たし、先発フル出場した。

 

4日後のスペイン代表戦にも出場したが、怪我によりそれ以降の試合を欠場。

 

予選はスペインが勝ち抜きを決め、フランスはプレーオフでウクライナ代表と試合をすることとなった。アウェーのオリンピスキ・スタジアムで行われた第1戦も欠場し、フランスは0-2で敗れた。

 

スタッド・ド・フランスでの第2戦にはヴァランも出場し、逆転でFIFAワールドカップの出場権を獲得した。

 

しかし、この試合でヴァランは再び負傷してしまった。

 

2014年11月18日に行われたスウェーデン代表との親善試合で代表で初の主将を務め、後半に代表初得点を挙げた。

 

2016年、レアル・マドリードでの練習中に左足大腿二頭筋を負傷し、EURO 2016を欠場した。

 

2018FIFAワールドカップロシア大会ではレギュラーの座を勝ち取り、フランス代表の優勝に貢献した。

 

同大会では準々決勝ウルグアイ戦で先制ゴールを挙げるなど攻守共にチームを牽引し、ベストイレブンにも選出された。

 

エピソード

ラファエル・ヴァランのプレー集

『フランス・フットボール』でマドリー加入の時の印象やチームのスター達との共存について語った。

 

RCランスの下部組織でユース時代を過ごしたヴァランは、2011年に僅か18歳でマドリーに加入した。

 

「ちょうど高校の試験の真っ最中だったけど、移籍のことで携帯電話が鳴り止まなかった。母は僕の人生で恐らく一番騒がしくて大事な時期だったと言っていた」と当時の状況を説明した。

 

ヴァランの獲得を要求したのは同胞のジネディーヌ・ジダン氏に他ならなかった。

 

しかし、「ジダンが電話をかけてきた時は彼だと認識できず、夜だったし疲れていたから、あまり考えずに『またかけ直してくれ』と頼んだ」と祖国フランスの英雄からの直電を無下に切ったことを明かした。

 

その後、その事実を知った兄から「『お前は馬鹿か』と言われた」としつつ、「幸運なことに、その後もっと長い時間話すことができた」と最終的には問題なく話が進んだことに改めて胸を撫で下した。

 

そして、「その後、彼とこのことについては話していない。少し恥ずかしい立場だったと認めざるを得ないからね」と加えた。

 

僅か2年間でチャンピオンズリーグ(CL)優勝メンバーとなったヴァラン。

 

自身の人生が180度変わったことに関しては「マドリーに加入した時は気付かなかったけど、空港に着いて60人ほどのジャーナリストに迎えられた時は、急激な変化を予想した」とクラブの影響力を実感している様子。

 

18歳のサッカー選手がクリスティアーノ・ロナウドやカシージャスら世界のトップとチームを共にすれば、浮かれてしまっても不思議はないが「自分自身に彼らのユニフォームを催促することなどやってはいけないと心掛けていた」と冷静さを保つ努力をしたことを明かした。

 

レアル・マドリードDFラファエル・ヴァランを引き上げたのは、かつてレアルを率いていたジョゼ・モウリーニョだ。

 

モウリーニョはペペとセルヒオ・ラモスの鉄板コンビとなっていたところにヴァランを送り込み、今ではペペからセンターバックの座を奪い去った。

 

今季も開幕から2試合連続で先発フル出場を果たしており、レアルの守備陣に欠かせない存在となった。

 

そんなヴァランが恩師でもあるモウリーニョとの逸話を語った。

 

「マドリードで2年目の時に、モウリーニョは僕の背後から蹴りを入れてきたんだ。『なぜ練習で走らない?』とね。当時の僕はよくなかったし、ピッチの外で自分を管理できていなかった。僕のリアクションは『あぁ……』といった感じだったけど、彼が正しいんだ」

 

「モウリーニョに長いスピーチは必要ない。彼はダイレクトにポイントを突いて話してくる。彼が教えてくれたことは僕にとって有益なものになったし、彼のように定期的に圧力をかけてくれるような存在が必要なんだ」

 

プレースタイル

Raphael Varane – Future Legend – Skills, passes, goals, defending

「ローラン・ブランの後継者」と評され、鋭い読みで相手がパスを出した時やドリブルで仕掛けた時にボールを奪い、ボールテクニックに優れているという共通の長所があるから。

 

ヴァラン選手はさらに191センチの長身選手には珍しい抜群のスピードを備えている。

 

攻撃のキーマンを逃さずマークし、的確なタイミングのタックルでボールを奪うことができる。

 

彼のの特徴として挙げられることに身体能力の高さがあります。

 

特に足が速く、とても大きい上に走れる選手と言うことができます。

 

そのため、守備範囲が非常に広いディフェンダーです。

 

走りに走って、広大なスペースを監視することができるのはヴァランの持ち味のひとつでしょう。

 

自陣の深くに放り込まれたロングボールに対して相手選手とスプリント勝負するシーンでも、ほとんど苦にしていません。

 

同じくらい走れる選手がいたとしても、フィジカルコンタクトの勝負になればヴァランも屈強なフィジカルを有しているので彼が明らかに有利でしょう。

 

もちろんサイズを生かした空中戦も強いですが、ヴァランのプレーに総じて言えることは判断力に優れているということです。

 

スピードに乗ってタックルに行くところ、飛び込まずに距離を保ちコースを限定するところの判断が的確です。

 

勝負を急がずに我慢ができるのが大きいです

 

足元の技術にも優れており正確なボールコントロールを生かし、前方への精度の高いフィードで攻撃でも貢献する。

 

積極的な縦パスやバランスを見たオーバーラップで攻撃にも貢献。

 

意外性のあるドリブルテクニックを見せることもあり、すべての面で高いポテンシャルを備えている。

 

ヴァランはセットプレーでも脅威です。

 

身長191cmと背丈があり、フィジカル面も強いからこそ空中でも当たり負けしない特徴があります。

 

守るセットプレーではチームに安心感を与えるし、攻撃のセットプレーでは貴重な得点源になります。

 

同い年のポール・ボグバから「爺さん」というニックネームをつけられている。

 

経験豊富なベテランのように常に冷静沈着なプレーができるからだ。

 

フィジカル面とメンタル面でCBとして重要な能力を高いレベルで持つヴァラン選手は、それらを見事に発揮したプレースタイルの持ち主といえよう。

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