スポンサーリンク
【サッカーショップKAMO】海外クラブチーム特集

マリオ・コルーナ

サッカー

概略

Mário Coluna vs Real Madrid Finale Coppa dei Campioni 1961 1962
生年月日 1935年8月6日
出生地 インハカ、モザンビーク
死亡日 2014年2月25日(78歳)
死亡場所 マプト、モザンビーク

身長173cm 体重76kg

 

ポジションはミッドフィールダー(センターハーフ、オフェンシブハーフ、ディフェンシブハーフ)。

 

利き足は右。

 

1966年ワールドカップ・イングランド大会3位の立役者の一人。

 

当時最高のミッドフィルダーの1人と見なされ、史上最も才能のあるポルトガル人プレーヤーの1人と見なされています。

 

エウゼビオと共にベンフィカの黄金期を築いた。

 

獲得タイトル

クラブ

ベンフィカ

  • Primeira Liga: 1954–55, 1956–57, 1959–60, 1960–61, 1962–63, 1963–64, 1964–65, 1966–67, 1967–68, 1968–69
  • Taça de Portugal: 1954–55, 1956–57, 1958–59, 1961–62, 1963–64, 1968–69
  • European Cup: 1960–61, 1961–62
  • Intercontinental Cup runner-up: 1961, 1962

代表

ポルトガル代表

  • FIFA World Cup third-place: 1966

個人

  • World Soccer World XI: 1963, 1964, 1965, 1966
  • FIFA World Cup All-Star Team: 1966
  • FIFA XI: 1967

 

経歴

Goal! Mario Coluna. UEFA European Champions Clubs' Cup 1960/1961. Final. FC Barcelona – SL Benfica
クラグ
チーム 出場 GLS
1954〜1970 ベンフィカ 364 (89)
1970–1971 リヨン 19 (2)
1971〜1972 エストレラポルタレグレ
合計 383 (91)
代表
1955〜1968 ポルトガル 57 (8)

 

ポルトガルのモザンビークのインハカで生まれ、ポルトガルの父親とモザンビークの母親に生まれたコルーナは、デスポルティボデロウレンソマルケスでプレーしているときにSLベンフィカに発見された。

 

1954年にベンフィカ・リスボンと契約。

 

インサイドフォワードとしてプレーし始め、ポルトガルでの最初のシーズンの 26ゲームでキャリア最高の14ゴールを記録し、プリミエラリガチャンピオンシップの最初の優勝を果たしました。

 

その後、監督にセンターハーフ、オフェンシブハーフへとコンバートされた。

 

1963年から1970年にかけてキャプテンとして328試合出場。

 

エウゼビオと共にベンフィカの黄金期を築いた。

 

国内リーグ10回優勝、国内カップ6回優勝。

 

1960-1961シーズンと1961-1962シーズンの欧州チャンピオンズカップ連覇に貢献。

 

その後、オリンピック・リヨンなどで活躍後、35歳で引退しました。

 

代表としては1966年と1970年のワールドカップに出場。

 

1966年ワールドカップ・イングランド大会ではエウゼビオと共にチームの快進撃を支え3位入賞に貢献した。

 

エピソード

Futbol Mundial -Mario Coluna, October 1995

子供の頃はサッカー以外にもバスケットボールと陸上競技が得意だった。

 

ベンフィカが優勝した2つのヨーロッパチャンピオンズカップ決勝で得点を挙げました。

 

1975年にモザンビークが独立した後、コルーナはサッカー連盟の大統領を務めました。

 

また、1994年から1999年まで同国のスポーツ大臣を務めた。

 

肺感染症のため2014年2月25日にマプトで亡くなりました。

 

享年78歳。

 

プレースタイル

Mário Coluna Um gigante

闘争心に強靭なフィジカルと脅威のスタミナを誇った選手。

 

運動量が豊富でピッチを縦横無尽に駆け回った。

 

強靭なフィジカルを持ち競り合いにも無類の強さを発揮した。

 

フィジカルだけでなくテクニックにも優れドリブルやパスも得意だった。

 

そして正確でパワフルな長距離のシュートも武器のひとつ。

 

サッカーIQが高く賢い選手でオフ・ザ・ボールの動きも優秀。

 

その戦術理解度の高さからミッドフィールダーとして様々なポジションをこなせた。

 

キャプテンシーも持ち合わせ、リーダーとしてチームを牽引した。

 

当時、世界最高といわれるほど完成されたミッドフィールダーだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました