概略
誕生日 | 1977年10月13日(42歳) |
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国 | ![]() |
出身地 | ![]() |
出身 | カンザス大学 |
ドラフト | 1998年 10位 |
背番号(現役時) | 34 |
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身長(現役時) | 201cm (6 ft 7 in) |
体重(現役時) | 109kg (240 lb) |
ウィングスパン(現役時) | 214cm (7 ft 0 in) |
シューズ | ナイキ |
ポジションはスモールフォワード、シューティングガード。
右利き。
高いシュート技術で毎試合コンスタントに得点を挙げる、元セルティックスのフランチャイズ・プレイヤー。
愛称は「THE TRUTH(ザ・トゥルース)」。
愛称の由来は、身体能力に頼った派手なプレイではなく、基本に忠実なプレイスタイルを貫くことから来ている。
ちなみに、この愛称を付けたのはシャキール・オニールである。
受賞歴 | |
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経歴
選手経歴 | |
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1998-2013 2013-2014 2014-2015 2015-2017 |
ボストン・セルティックス ブルックリン・ネッツ ワシントン・ウィザーズ ロサンゼルス・クリッパーズ ボストン・セルティックス |
代表歴 | |
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キャップ | ![]() |
名門カンザス大学のスターであったピアースはオールアメリカンの1stチームにも選出されドラフトの目玉選手であった。
1998年のNBAドラフトで最も嫌いだったというボストン・セルティックスから全体10位指名を受けNBA入りした。
このとき上位3位以内は確実とも期待されていたが、本人も驚くほどの遅い指名順位であり、チームメイトでデンバー・ナゲッツから3位で指名されたレイフ・ラフレンツよりも遅い指名順位だった。
ピアースがセルティックスを嫌っていた理由は、少年時代から大ファンであったロサンゼルス・レイカーズの当時のライバルチームだったからである。
また10位まで順位が落ちてしまった要因として、ドラフト前のピアースに対する評価が高かったことに本人が気分を良くして、「SGではなくSFでプレーしたい」「サクラメントとトロントには行きたくない」などと発言したことが、スカウト陣の印象を悪くしたのではないかとされている。
それでもピアースは気持ちを切り替え、ルーキーシーズンから、16.5得点、6.4リバウンド.2.4アシストという、高い数字を残し、オールルーキー1stチームに選出された。
その後も迫力あるダンクと、高い成功率を誇るジャンプショットでチームに貢献。ところが3シーズン目の開幕前に、後述の事件により不安がよぎった。
ところが驚異的な回復力で約1ヵ月後の開幕戦に復帰。
さらには満身創痍ながら初の全82試合に先発出場し周囲を驚かせた。
以降、ピアースはセルティックスの新たなフランチャイズプレーヤーへと成長していく。
2002年のプレイオフには、ウォーカーとのコンビでチームをカンファレンスファイナルまで導き、ニュージャージー・ネッツ相手に死闘を演じた。
2002,2003年にはオールNBAサードチームに選出された。
また、NBAオールスターゲームにも、5回出場している。
2003年以降は徐々にチーム成績が低下していき、何度もトレードが噂された。
06-07シーズンにはオフに手術した左肘以外の新たなケガで長期欠場、さらにチームが20連敗をするなど、チームは泥沼状態に陥った。
これまでピアースは劣悪なチーム状況の中にいるグッドプレーヤーの典型であったが、チームに対して補強を強く要求したことが功を奏し、チームが改革に乗り出した。
リーグ屈指のシューターレイ・アレンに加え、ミネソタ・ティンバーウルブズで同じく苦汁を舐め続けたケビン・ガーネットまでが立て続けにセルティックス入りを果たし、NBAでも屈指のビッグスリーが形成された。
2007-08シーズン、協調性を重んじる3人のスターは見事なパフォーマンスを見せ、レギュラーシーズンを全体1位通過すると、プレーオフでも順当に勝ち上がりNBAファイナルに進出。
幼少時代から見てきたロサンゼルス・レイカーズとの古豪対決を制し、優勝を果たした。
ファイナル第1戦に右膝を捻挫したものの、シリーズを通してチームを支えファイナル6戦で平均21.8得点、4.5リバウンド、6.3アシストの活躍でピアースはファイナルMVPの栄冠に輝いた。
2010年11月4日には、セルティックス史上では3人目となる通算2万得点を達成した。
2013年6月28日、ケビン・ガーネット、ジェイソン・テリーとともにブルックリン・ネッツに移籍した。
2014年7月17日、ワシントン・ウィザーズへの移籍を発表した。移籍が決まった際に、自身のフェイスブックにジョン・ウォールやバラク・オバマ大統領などに向けて「D.C.に来たぞ!!」と書き込み、喜びを表した。
2015年7月1日、ロサンゼルス・クリッパーズと3年1000万ドルで契約を結び、初めてアメリカ西海岸でプレーすることになった。
しかし、クリッパーズ加入後は衰えが否めず、2015-16シーズンは自己最低の成績に終始し、2016-17シーズン限りでの引退を表明。
2017年2月5日のTDガーデンでの古巣ボストン・セルティックス戦では先発で起用され、古巣のセルティックスファンから大歓声を受けた。
そして4月30日、プレーオフ1回戦のユタ・ジャズとの第7戦にクリッパーズは91-104で敗れ、遂にピアースの19シーズンにわたる選手生活が終了した。
2017年7月17日、ボストン・セルティックスと1日契約を結んだ。
エピソード
ピアースはデビュー3シーズン目を目前にした2000年9月25日、ロサンゼルスのナイトクラブにて暴漢に襲われ瀕死の重傷を負うという悲惨な事件に巻き込まれた。
その場に居合わせたトニー・バティが救出したものの、ガラスの瓶で頭を殴られ、顔、首、背中など全身11ヶ所を刺されるなどして病院に運ばれ、緊急手術を受けた。
肋骨に受けた刺し傷は肺までわずか1インチ足らずのところまで達していたそうである。
ところがそのわずか3日後に退院し、驚異的な精神力と回復力で約1ヵ月後の開幕戦に復帰を間に合わせた。
さらには満身創痍ながらもチーム唯一の、全82試合に先発出場し周囲を大いに驚かせた。
さらにアントワン・ウォーカーを上回る平均25.3得点を挙げチームのリーディングスコアラーに急成長した。
2008年NBAファイナルのゲーム1にピアースが倒れ込み、チームメイトに担がれた後に車椅子で運ばれてロッカールームに戻りましたよね。
誰もが怪我をしたと思いましたが、その後は大歓声を受けてゲームにカムバックしてきました。
ここまではいいのですが、11年後になってこの件について告白しました。
ピアースは「トイレに行かなければならなかった」と言い、チャンシー・ビラップスの「なんでトイレ行くのに車椅子が必要なの?」の問いにピアースは「何かが落ちた」と自白しました。
簡単にいえばピアースは試合中に漏らしてしまい、怪我したと装ってトイレに行ったということです。
ピアースはなんで自白したのでしょうかね。
これを分かった上で当時の映像を見たらめちゃめちゃ面白いです。
また別の話ですが、「自分のキャリアはドウェイン・ウェイドのキャリアより良い」と発言したりなど、ピアースはこれ以上何も話さない方が良いかもしれませんね。
アメリカ (NBA) で成功するには「メンタル・トレーニングと一貫性」が不可欠だとピアースは語る。
ウィザーズに移籍してから、ジョン・ウォールやブラッドリー・ビールといった若手選手たちに、こんなアドバイスを与えていたという。
「決断しろ。お前は “Good” になりたいのか、それとも “Great” になりたいのか? もしグレイトになりたいのであれば、気が向いたらだけでなく、毎日やるべきことをやれ」。
カリフォルニア出身のピアースは、幼少の頃はレイカーズのファン。
地元カリフォルニアの家族や友人の前でバスケットをするのは夢だったと話しながらもレイカーズではなくクリッパーズ (両チーム共にカリフォルニア・ロサンゼルスが球団本拠) と契約した。
長年セルティックスでプレイしていたため、レイカーズ (セルティックスとは往年からのライバル・チーム) でするのは「絶対無理」だったそうである。
プレースタイル
攻守両面で活躍する、オールラウンダー。
若い頃は機動力を活かしたドライブでゴールに切れ込む動きや激しいダンクで会場を沸かしていた。
それに加えて正確なジャンプショットも得意としていたため、オールラウンドに活躍できる有能な選手だった。
高いオフェンス能力を持ち、キャリア通算で1試合平均23.2得点。
2005‐06シーズンには、キャリアハイの1試合50得点を挙げる。
NBAのスコアラーにしては珍しく、身体能力に頼ったプレーよりも、基本に忠実なプレーで得点を重ねていく。
ごく平均的な身体能力ながらも、シュートセレクションの良さや、シュートまでの駆け引きで相手を翻弄する「巧さ」を持つ。
SGとSFを兼任できる、スウィングマンの典型。
フィジカルは強く、幅のある体でファウルをもらい、フリースローを確実に沈めることができる。
インサイドで得点するだけでなく、3ポイントシュートも上手く、毎年100本以上決められる能力を携える、高精度なシューターでもある(2001-02シーズンには、210本もの3ポイントシュートを成功させた)。
ピアースはオフェンス力のあるプレイヤーで、得点することが役割でした。
大量得点するタイプではありませんでしたが、ピアースの凄さは確実に1試合20得点前後を記録することでした。
身体能力はそれほど高くなく、派手さはありませんが忠実なプレーで得点を重ねていきます。
フリースローを貰うのが上手く、高確率で決めていました。
非常にバランスの良いオフェンスで、攻撃パターンが豊富でした。
スピードはありませんでしたがドライブインができて、ときどきアクロバティックなプレーも魅せてくれました。
ミドルレンジジャンパーとスリーポイントも打つことができ、中でもフェイダウェイは得意で多用していました。
また、クラッチタイムにも強く、いくつものビッグショットを決めてきました。
ピアースは、オフェンスだけでなく、様々な面でチームに貢献する。
ピアースのサイズはNBAの中ではごく平均的だが、1試合で7リバウンド、4アシスト近く計算できる総合能力を備える。
また、前述の事件などもあり、心身ともに非常にタフな選手として知られる。