レニー・ウィルケンズ

バスケ

概略

Lenny Wilkens – Len
誕生日 1937年10月28日(82歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク市
ブルックリン区
出身 プロヴィデンス大学
背番号(現役時) 19 (永久欠番), 32, 15, 14, 17
身長(現役時) 185cm (6 ft 1 in)
体重(現役時) 82kg (181 lb)

 

ポジションはポイントガード。

 

左利き。

 

選手時代は小柄ながら卓越したゲームメイクの出来るポイントガードとして実績を残し、ヘッドコーチ時代は通算1,300勝以上あげた名将として多くのチームをプレーオフに導いた。

 

プレイヤーとコーチの2部門でバスケットボール殿堂入りを果した数少ない往年の名選手である。

 

シアトル・スーパーソニックスのオーナーグループの副会長に就任していた事もあった。

 

1989年に選手として殿堂入りを果した。

 

受賞歴
 

  • 9×NBAオールスターゲーム出場 (1963–1965, 1967–1971, 1973)
  • NBAオールスターゲームMVP (1971)
  • NBA50周年記念オールタイムチーム (1996)
    ※ (選手・コーチ両部門で選出)
  • No.19 シアトル・スーパーソニックス永久欠番
  • No.14 プロヴィデンス大学永久欠番
  1. アシスト王:2回 (1970年 683, 1972年 766)
  2. NBAベスト50選手:1996年

 

経歴

Lenny Wilkens highlight Video
クラブ経歴
1960-1968
1968-1972
1972-1974
1974-1975
セントルイス・ホークス
シアトル・スーパーソニックス
クリーブランド・キャバリアーズ
ポートランド・トレイルブレイザーズ

 

NBAへは、1960年のNBAドラフトでセントルイス・ホークスに1巡目6位指名されて入団する。

 

強豪セントルイス・ホークスに入団し、控えとして起用されながら経験を積んでいくと、3年目の1962-63シーズンからは司令塔としてチームを牽引する事になった。

 

185cmと小柄な身長ながら、卓越したゲームメイクを見せるリーグ屈指の司令塔として活躍し、平均20.0得点、5.3リバウンド、8.3アシストを記録した1967-68シーズンにホークスを56勝26敗の好成績に導き、シーズンMVPの投票ではウィルト・チェンバレンに次ぐ2位の得票を集めた。

 

このシーズン終了後、デビューから8シーズンを過ごしたホークスを去り、シアトル・スーパーソニックスに移籍する。

 

ソニックスでは移籍1年目にキャリアハイとなる平均22.4得点を記録し、翌シーズンには平均9.1アシストで初のアシスト王に輝いたほか、このシーズンから3シーズンにわたり選手兼ヘッドコーチを務めた。

 

1972年にクリーブランド・キャバリアーズに移籍し、35歳にして平均20.5得点、8.4アシストを記録している。

 

1974-75シーズンはポートランド・トレイルブレイザーズで再び選手兼ヘッドコーチとして過ごし、シーズン終了後、ヘッドコーチに専念するために現役を引退した。

 

NBAオールスターゲームには通算9回選出、うち1971年にはオールスターMVPに選ばれた。

 

エピソード

Classic NBA Highlights – Lenny Wilkens

ウィルケンズはニューヨーク州ブルックリンに生まれ、地元のブルックリン・ボーイズ高校からプロヴィデンス大学へ進学し選手として活躍した。

 

1959年と1960年の2回カレッジの代表としてNCAAのナショナル・インビテーション・トーナメント(NIT)に出場する。

 

特に1960年にはNITとカレッジ・オールスターゲームのMVPに選出される活躍をみせ、オールアメリカン・セカンドチームにも選出される。

 

卒業時には歴代2位となる1,193ポイントをマークした。

 

1996年に彼の背番号の14番は永久欠番になる。 カレッジ時代の通算成績は平均14.9ポイント、7.3リバウンドである。

 

彼はプレイヤーとコーチの2部門でバスケットボール殿堂入りを果した数少ない人物として知られている。

 

彼のヘッドコーチとしてのキャリアは選手時代と重なっている。

 

1969-70シーズンから1971-72シーズンまでのスーパーソニックス在籍期間と、ブレイザーズにいた1974-75シーズンの間は、プレイヤー兼コーチとしてチームを率いていた。

 

シーズン終了後、引退するがその後もそのまま1975-76シーズンもブレイザーズのコーチを務めた。

 

翌シーズンはバスケットボールから離れて休養するが、翌々シーズンにはコーチとしてNBAに戻ってくる。

 

1978-79シーズンは、スーパーソニックスを初のNBAチャンピオンに導いた。

 

その後はキャバリアーズ、ホークス、トロント・ラプターズ、ニューヨーク・ニックスのコーチを歴任し、2005年1月22日にニックスのコーチを辞任するまでコーチを続け、辞めたあとは2006年11月29日よりスーパーソニックスの副社長を務めている。

 

ウィルキンズは1996年にNBA50周年記念オールタイムチームに、選手・コーチの両部門で選出された。

 

また1998年にはコーチとしても殿堂入りした。

 

選手、およびコーチの2部門で殿堂入りした選手はジョン・ウッデン、ビル・シャーマン、そしてウィルケンズの3人のみである。

 

プレースタイル

NB60s: Lenny Wilkens

185cmと小柄な身長ながら、卓越したゲームメイクを見せるリーグ屈指の司令塔タイプのポイントガードだった。

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