エリック・ゲレツ

サッカー

概略

Erik Gerets
国籍 ベルギーの旗 ベルギー
生年月日 1954年5月15日(66歳)
出身地 レケム
身長 177cm
体重 77kg

 

ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。

 

利き足は右。

 

80年代のベルギーの躍進を支えた世界的な右サイドバック。

 

PSVではキャプテンとして1987-88UEFAチャンピオンズカップ優勝、オランダリーグ優勝6回と輝かしい実績を残す。

 

獲得タイトル

クラブ

スタンダールリエージュ

  • ベルギー1部:1981-1982、1982-1983
  • ベルギーカップ:1980–81
  • ベルギースーパーカップ:1981
  • ベルギーリーグカップ:1975
  • ヨーロピアン・カップウィナーズカップ:1981-82(準優勝)
  • インタートトカップグループ優勝:1980、 1982

PSV

  • エールディヴィジ:1985-1986、1986-1987、1987-1988、1988-1989、1990-1991、1991-1992
  • KNVBカップ:1987-1988、1988-1989 1989-1990
  • ヨーロピアンカップ:1987–88(優勝)

代表

ベルギー

  • UEFA欧州選手権:1980年(準優勝)
  • FIFAワールドカップ:1986(4位)
  • ベルギースポーツ功労賞:1980

個人

  • ベルギー・ゴールデンシュー:1982
  • バロンドールのノミネート:1982、 1983
  • 20世紀ベルギーゴールデンシュー(1995):8位
  • ベスト・ゴールデンシューチーム(2011)

 

経歴

 

クラブ
クラブ 出場 (得点)
1971-1983 ベルギーの旗 スタンダール・リエージュ 318 (23)
1983-1984 イタリアの旗 ACミラン 13 (1)
1984-1985 オランダの旗 MVVマーストリヒト 12 (0)
1985-1992 オランダの旗 PSVアイントホーフェン 200 (8)
通算 543 (32)
代表歴
1975-1991 ベルギーの旗 ベルギー 86 (2)

 

スタンダール・リエージュで頭角を現しベルギーリーグ優勝1回、1981-82UEFAカップウィナーズカップ準優勝。

 

1983-84シーズンにACミランに移籍するが、スタンダール時代の八百長事件関与を問題視され出場停止処分を受ける。

 

復帰後はMVVマーストリヒトを経て、PSVアイントホーフェンに移籍。

 

PSVではキャプテンとして1987-88UEFAチャンピオンズカップ優勝、オランダリーグ優勝6回と輝かしい実績を残す。

 

ベルギー代表ではワールドカップ3大会に出場(1982年大会、1986年大会、1990年大会)、中でも1986年大会ではベルギー代表最高成績となる4位進出に貢献した。

 

通算86試合出場2得点。

 

エピソード

 

指導者として

 

リールセSKとクラブ・ブルッヘでそれぞれ1回ずつベルギーリーグ優勝を果たしたほか、PSVアイントホーフェンでオランダリーグ2連覇、ガラタサライでトルコリーグ優勝を果たした。

 

2007年9月にはオリンピック・マルセイユ監督に就任し、優れたモチベーターとしてすぐに選手の心をつかんだ。

 

2008-09シーズンはFCジロンダン・ボルドーと最後までデッドヒートを繰り広げ、最終的には2位に終わるも、最優秀監督賞を受賞した。

 

ファンや選手はゲレツの留任を望んでいたが、自身への契約延長の提示はシーズンオフまで延期されることとなり、クラブからの信頼に疑問を抱き、2年間の契約満了とともに退任した。

 

この2009年にはベルギー代表監督への就任要請があったが、ベルギーサッカー協会から提示された年俸の額が低いとして要請を断った。

 

2009年5月26日、年俸180万ユーロでアル・ヒラルの監督に就任した。

 

2010年2月にはコートジボワール代表がゲレツの招聘を目指していたが、彼は準備期間が短すぎることを理由に申し出を断り、スヴェン・ゴラン・エリクソンが就任した。

 

5月中旬には、ローラン・ブランの退任が決定しているFCジロンダン・ボルドーが後任候補にゲレツをリストアップした。

 

プレースタイル

 

戦術眼に優れたディフェンダー(右サイドバック)として活躍。

 

豊富な運動量を武器に攻守に貢献した。

 

また不屈の闘志をもつファイターで勝利に貢献した。

 

豊富な運動量と確かな戦術眼でピッチ内の監督のような存在だった。

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