ロベルト・ヤルニ

サッカー

概略

 

国籍 クロアチアの旗 クロアチア
生年月日 1968年10月26日(52歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア チャコヴェツ
身長 180cm
体重 77kg

 

ポジションはディフェンダー(左サイドバック)、ミッドフィールダー(左サイドハーフ)。

 

利き足は左。

 

1990年代当時ロベルト・カルロスと並び評された左サイドのスペシャリスト。

 

ユヴェントスやベティス、レアル・マドリードなどで活躍した。

 

ボバンやシュケル、プロシネツキらとともにクロアチア黄金世代の一人として活躍。

 

1998年ワールドカップ・フランス大会の3位入賞に大きく貢献した。

 

獲得タイトル

クラブ

ハイデュク・スプリト

  • ユーゴスラビアカップ:1990–91

ユヴェントス

  • セリエA:1994–95
  • コッパ・イタリア:1994–95

レアル・マドリード

  • インターコンチネンタルカップ:1998

ラスパルマス

  • セグンダ部門:1999–00

代表

ユーゴスラビア代表ユース

  • FIFAワールドユース選手権:1987
  • UEFA European Under-21 Championship準優勝:1990

クロアチア代表

  • FIFAワールドカップ3位:1998

 

経歴

クラブ
クラブ 出場 (得点)
1986-1991 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ハイデュク・スプリト 128 (17)
1991-1993 イタリアの旗 バーリ 52 (3)
1993-1994 イタリアの旗 トリノ 23 (0)
1994-1995 イタリアの旗 ユヴェントス 15 (1)
1995-1998 スペインの旗 ベティス 98 (19)
1998 イングランドの旗 コヴェントリー 0 (0)
1998-1999 スペインの旗 レアル・マドリード 27 (0)
1999-2002 スペインの旗 ラス・パルマス 43 (6)
2002 ギリシャの旗 パナシナイコス 5 (0)
通算 391 (47)
代表歴
1990-1991 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア 7 (1)
1990-2002 クロアチアの旗 クロアチア 81 (1)

 

クラブ

 

86/87シーズン、国内有数の強豪ハイデュク・スプリトでデビューを果たすと、すぐにレギュラーに定着。

 

アサノビッチ、ボクシッチらと共に活躍、才能を開花する。

 

91/92シーズンにイタリアのバリに移籍。

 

ここではボバンと共にプレーするが、チームは2部に降格。

 

92/93シーズン、ボバンはチームを去るがヤルニは残留し、このシーズン、2部で素晴らしい活躍を見せる。

 

93/94シーズンからは、トリノで活躍すると、その才能に目を付けたユヴェントスに引き抜かれることになる。

 

94/95シーズン、名門ユヴェントスに移籍したものの、デシャン、パウロ・ソウザ、コーラーという不動の外国人枠のレギュラーがいたため、序盤はほとんど活躍の場はなかった。

 

しかし、徐々にプレーの機会を与えられると、その素晴らしいスピードを生かしたオーバーラップで素晴らしいプレーを披露し高評価を得る。

 

レギュラーに定着はできなかったものの、優勝を決めるパルマ戦ではスタメンで出場し、優勝に貢献した。

 

ユヴェントスではリーグ制覇、コッパ・イタリアの2冠を獲得、第32節のジェノア戦ではスパーゴールを決めたが、外国人枠の問題から限定された出場機会となった

 

95/96シーズンからは、出場機会を求め、スペインのベティスに移籍。

 

ベティスでは主にサイドハーフとして活躍する。

 

96/97シーズン、フィニディ・ジョージが加入すると、リーグ最強の両翼を得たベティスは旋風を起こす。

 

ヤルニとフィニディ・ジョージの強烈なサイドアタックはアルフォンソのゴール量産に繋がり、また自らも多くのゴールを挙げた。

 

チームはシーズン3位の好成績を残す。

 

その後2シーズン、ベティスでプレーを続け、ロベルト・カルロスに並ぶリーグ最強の左サイドとしての評価を確立した。

 

98/99シーズン、ヤルニはベティスを離れ、新しいチームに移るのであるが、そのチームはなんとレアル・マドリード。

 

ヤルニはレアル・マドリードの一員に相応しい実力の持ち主であったが、このチームにはロベルト・カルロスという絶対的な存在があった。(確かに、リーグ戦、国内カップ、チャンピオンズリーグの掛け持ちは厳しいものがあるが、この補強は疑問を感じる人は多かったと思う。)

 

リーグ戦では途中出場が多く、主にカップ戦要員として扱われた。

 

しかし、限られた出場機会でも素晴らしいパフォーマンスを見せ、自らの実力をアピールした。

 

このシーズン、レアル・マドリードはリーグ優勝は逃したが、CLでは見事優勝を果たし、ヤルニも少なからず優勝に貢献した。

 

99/00シーズンからは、2部のラス・パルマスに活躍の場を移す。

 

そこでチームリーダーとして活躍、怪我の影響もありフル回転はできなかったが、チームの1部昇格に貢献。

 

00/01シーズンは再び1部の舞台で活躍するが、翌01/02シーズン、チームとの契約がこじれギリシャのパナシナイコスに移籍する。

 

しかし、サッカーへの情熱が薄れてしまったのであろうか、あまりプレーすることもなく、このシーズンを最後に現役を引退した。

 

代表

 

クラブレベルでは一応の成功を収めたヤルニだったが、代表選手としては歴史に翻弄された一人だった。

 

1990年に旧ユーゴスラビア代表として1990 FIFAワールドカップに出場したが、母国の政治情勢により、UEFA EURO ’92、1994 FIFAワールドカップの出場資格を剥奪された。

 

6年間、国際舞台から姿を消したヤルニだったが、96年の欧州選手権にはクロアチアとして国際舞台に復帰。

 

ベスト8の好成績を残す。

 

1998 FIFAワールドカップにクロアチア代表として出場。

 

シュケル、ボバン、スタニッチ、プロシネツキらの錚々たるメンバーと共に快進撃を見せる。

 

準々決勝では96年欧州選手権で敗れたドイツと対戦。

 

ヤルニはドイツを破るミドルシュートを突き刺した。

 

その後も素晴らしい守備を見せ、歴史的快挙の立役者となった。

 

クロアチアは準決勝でフランスに敗れたが、3位決定戦でオランダに勝利し、3位という素晴らしい成績を残した。

 

ダボル・シュケル、ロベルト・プロシネツキ、ズボニミール・ボバンらとともに3位進出に貢献した。

 

2002年のW杯ではグループリーグ全試合に出場したが、エクアドル戦を取りこぼし、決勝トーナメントには進めなかった。

 

そして、2002 FIFAワールドカップ終了後、現役引退を発表した。

 

エピソード

Robert Jarni vs Barcelona 1998 1999

引退後、一時はフットサルの選手として活躍していた。

 

2007年8月からハイデュク・スプリトの監督に就任した。

 

その後NKイストラ1961、FKサラエボ、プスカシュ・アカデーミアFCの監督を歴任し、2017年からU-19クロアチア代表の監督を務める。

 

プレースタイル

Robert Jarni – Todos sus goles en el Betis

スタミナと高精度のクロス、100メートル11秒というスピードを武器に、左サイドの神とも称された凄まじいスピードを誇る、左サイドのスペシャリスト。

 

本業はサイドバックであるが、サイドハーフとしてもプレーすることができる。

 

高精度のクロスにより多くのアシストを記録すると共に、得点力も高く、大事な場面でのゴールが多い。

 

抜群のスタミナを持ち、オーバーラップした後すぐに守備に戻り、攻守に貢献度の高いプレーを見せた。

 

抜群のスピードを武器とし、矢のように直線的なオーバーラップから高精度のクロスボールを上げた。

 

スピードを生かした攻撃参加を最大の持ち味とし、世界最高クラスのサイドバックとして、スペインリーグ等で活躍を見せた。

 

ロベルト・カルロスと並びその才能は評価されましたが、守備能力はヤルニの方がはるかに高く、
ベティス時代は間違いなくリーグNo.1の左サイドだったと思います。

 

豊富な運動量で左サイドを制圧しました。

 

サイドバックというポジションは時代とともに求められるものが増えてきましたし、運動量が求められます。

 

ヤルニは、そんな時代の中で豊富な運動量を活かして左サイドを制圧して、相手に仕事をさせないサイドバックとして有名でした。

 

ディフェンス自体も上手かったですが、攻撃力があるために相手を押し込むことができましたし、豊富な運動量でカウンターを受けたとしても守備に戻れるだけの走力をもっていた選手です。

 

ヤルニはサイドを一人で突破することもできますし、正確なキックがあれば精度の高いセンタリングをすることもできますので、左サイドバックでありながら多くの得点チャンスを演出してきた選手の一人です。

 

サイドでボールキープをして、攻撃を組み立てることでリズムをもたらすこともできます。

 

サイドバックの選手がボールを持つことができれば、時間を作ることもできますので、左サイドで優れたテクニックを持ったヤルニは味方の体勢を整える時間を作ったり、サイドからドリブル突破をすることも可能です。

 

サイドバックの選手から的確なつなぎのパスが出たり、前線に正確なパスが通ればそこからリズムが生まれて得点が取れるようになります。

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