アントニン・パネンカ

概略

Antonín Panenka – When Football Becomes Art (RARE)

 

国籍  チェコ
生年月日 1948年12月2日(72歳)
出身地 プラハ
身長 178cm
体重 76kg

 

ポジションはミッドフィールダー(オフェンシブハーフ)。

 

利き足は右。

 

1970年代に活躍したチェコスロバキア代表の司令塔。

 

70年代のチェコスロバキアの中心選手。

 

UEFA欧州選手権1976決勝のPK戦で印象的なチップキックを決め、チェコスロバキア代表を優勝に導いたことで知られる。

 

この成功により彼の名(パネンカ)はPKにおけるチップキックの代名詞となった。

 

獲得タイトル

 

クラブ

 

ラピッドウィーン

  • オーストリアブンデスリーガ:1981年-1982年、1982年-1983年
  • オーストリアカップ:1982–83、1983–84、1984–85

 

代表

 

チェコスロバキア
  • UEFA欧州選手権:1976年

 

個人

 

  • UEFA欧州選手権チーム・オブ・ザ・トーナメント:1976
  • チェコスロバキア年間最優秀選手:1980
  • ゴールデンフットレジェンド賞:2014

 

経歴

 

Antonín Panenka – Simply The Best

 

クラブ
チーム 出場 得点
1967–1981 ボヘミアンズ・プラハ 230 (76)
1981–1985 ラピド・ウィーン 127 (63)
1985–1987 VSEザンクト・ペルテン
1987–1989 SKスロバン・ウィーン
1989–1991 ASV Hohenau
1991–1993 クロースヴァイッカース
代表歴
1973–1982 チェコスロバキア 59 (17)

 

クラブ

 

1959年にユースチームに入団して以降、キャリアの大部分をボヘミアンズ・プラハの選手として過ごした。

 

1981年にボヘミアンズからオーストリアのSKラピド・ウィーンに移籍。

 

2度のオーストリア・ブンデスリーガ優勝と1度のオーストリア・カップを経験した。

 

1984-85シーズンのUEFAカップウィナーズカップでは、PKによる3点を含む5得点を挙げてSKラピド・ウィーンの決勝進出に貢献するも、エヴァートンFCに敗れて準優勝に終わった。

 

パネンカは決勝戦では途中出場だった。

 

VSEザンクト・ペルテンで2シーズンプレーした後に引退。

 

代表

 

チェコスロバキア代表として59試合に出場している。

 

代表デビューは1972年。

 

代表でのハイライトは1976年欧州選手権だ。

 

パネンカを中心に決勝まで進出したチームは決勝でPK戦にもつれこんだ。

 

詳細は後述するが俗にパネンカ・キックといわれるチップキックを決めてPK戦を制し欧州選手権優勝を飾った。

 

代表引退は1982年。

 

エピソード

 

現在は古巣ボヘミアンズ・プラハで会長を務めている。

 

パネンカ・キック

 

 

パネンカの名を世界に知らしめたのは、1976年欧州選手権決勝のPK戦である。

 

決勝に駒を進めたチェコスロバキアは西ドイツと対戦し、一時は2点のリードを得るもベルント・ヘルツェンバインのゴールで終了間際に追いつかれた。

 

試合は延長戦を終えても2-2の同点だったため、欧州選手権史上初のPK戦が行われることになった。

 

それまで全てのキッカーがPKを成功させる中、西ドイツの4人めのキッカーであるウリ・ヘーネスが蹴ったボールはバーの上方へと外れた。

 

これでスコアは4-3となり、チェコスロバキアの5人めのキッカーであるパネンカが成功させた時点で、チェコスロバキアの優勝が決まる状況になった。

 

長い助走をとったパネンカは、西ドイツのGKゼップ・マイヤーが先に動くのを待って緩やかな放物線を描くシュートをゴール中央に蹴りこみ、チームを優勝に導いた。

 

パネンカはこの意表を突くチップキックについて、同僚のGKとビールやチョコレートを賭けながらPKの練習をしているときに思いついたもので、国内のリーグ戦や親善試合で使ううちにマスターしたものだと語っている。

 

彼の成功以来、この種のキックは「パネンカ」の通称で呼ばれることになった。

 

ペレをして「天才か狂人のみがなせる技」と言わしめるこのキックは、高いリスクをともなう一方で、パネンカ自身による成功以降も大舞台においてたびたび試みられている。

 

例としては、UEFA EURO 2000の準決勝においてイタリアのフランチェスコ・トッティがオランダのファン・デル・サール相手にパネンカを彷彿とさせる「クッキアイオ (cucchiaio) 」(イタリア語でスプーンの意)を決めている。

 

また、2006年ワールドカップ決勝では、ジネディーヌ・ジダンがパネンカで彼の現役最後の得点を挙げている。

 

さらに、UEFA EURO 2012の準々決勝ではイタリアのアンドレア・ピルロが成功させ、準決勝ではスペインのセルヒオ・ラモスも同様のシュートを決めている。

 

なお、パネンカ自身はリオネル・メッシが2014-15シーズンにリーグ戦で決めたシュートを最高のパネンカと認めている。

 

プレースタイル

 

パス、フリーキックの高い技術で知られた攻撃的MF。

 

キックの精度が素晴らしく高く、長短織り交ぜたパスやプレースキックで攻撃を司ったクラシカルな司令塔だ。

 

そして稀代のフリーキッカーだった。

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