スモーキー・ジョー・ウィリアムズ

概略

国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州グアダルーペ郡セギーン
生年月日 1885年4月6日
没年月日 1951年2月25日(65歳没)
身長
体重
193 cm
86.2 kg

 

ポジションは投手(ピッチャー)。

 

右投げ右打ち。

 

”サイクロン・ジョー”とも呼ばれる。

 

サチェル・ペイジ以前のニグロリーグにおいて、最も偉大な投手と言われる。

 

記録・表彰等

  • メジャーリーグとの交流試合成績:通算20勝7敗
  • アメリカ野球殿堂:1999年

 

経歴

クラブ
  • サンアントニオ・ブラック・ブロンコス (1907 – 1909)
  • シカゴ・ジャイアンツ (1910)
  • ニューヨーク・リンカーン・ジャイアンツ (1911 – 1923)
  • スケネクタディ・モホーク・ジャイアンツ (1913)
  • シカゴ・アメリカン・ジャイアンツ (1914)
  • ブレーカーズ・ホテル (1915 – 1916)
  • アトランティックシティ・バカラック・ジャイアンツ (1916)
  • ヒルデール・デイジーズ (1917)
  • ブルックリン・ロイヤル・ジャイアンツ (1924)
  • ホームステッド・グレイズ (1925 – 1932)
  • デトロイト・ウルヴス (1932, 1934)

 

プロとして野球を始めたのは1905年からで、サンアントニオにあったブラック・ブロンコスというチームでプレーを始める。

 

身長6フィート4インチ、体重200ポンドという大柄な体からウィリアムズは剛速球を繰り出し、初年からいきなり28勝を挙げ、その後も15勝、20勝、20勝、32勝と勝ち星を挙げる。

 

1911年にニューヨークのリンカーン・ジャイアンツに入団。

 

1910年代におけるリンカーン・ジャイアンツの躍進を支える存在となった。

 

記録は不十分ながら、1914年シーズンは41勝3敗の成績を挙げていたものと考えられている。

 

また同年、メジャーリーグのニューヨーク・ジャイアンツとの交流試合では20奪三振を挙げ、この剛速球に、ジャイアンツの選手から『スモーキー』とあだ名を付けられたのが彼のニックネームの由来だという。

 

また、1917年に行われた交流試合では、同じニューヨーク・ジャイアンツを相手に無安打試合をやってのけたが、試合は1-0で敗れた。

 

1914年にジョン・ヘンリー・ロイドが監督を退いた後は、1923年までリンカーン・ジャイアンツの選手兼任監督を務めていた。

 

しかし1923年に、チームがイースタン・カラード・リーグ5位と低迷すると、ウィリアムズはその責任を取らされる形で放出され、1924年のブルックリンを経て1925年からはホームステッド・グレイズに所属した。

 

1929年には43歳になっていたが、12勝7敗という成績を残しており、また翌1930年の8月7日にカンザスシティ・モナークスと対戦した試合では、延長12回まで投げきり計27奪三振を挙げるという記録を作っている。

 

1932年に現役を引退。

 

エピソード

 

ウォルター・ジョンソンと同時期に活躍した、ウォルター・ジョンソンに勝るとも劣らない速い球を投げた投手がスモーキー・ジョー・ウッド(怪我で短命に終わった)。

 

スモーキー・ジョー・ウイリアムスのニックネーム、スモーキー・ジョーはここから来たようです。

 

対戦した白人メジャーリーガーがあまりの球の速さにこう名付けたようです。

 

引退後はニューヨークでバーテンダーなどをしていたという。

 

1951年にニューヨークで死去。それまでニグロリーグ以前の投手成績統計の調査が十分でなかったことなどで、ウィリアムズがベテランズ委員会からアメリカ野球殿堂入り選手に選出されたのは、1999年のことであった。

 

プレースタイル

 

豪速球を武器とした豪腕投手。

 

身長6フィート4インチ、体重200ポンドという大柄な体からウィリアムズは剛速球を繰り出した。

 

193㎝という時代離れした巨体の持ち主で剛速球だけでなく抜群のコマンドも持ち合わせた大投手でした。

 

もちろんウォルター・ジョンソンやサチェル・ペイジよりも速かったという証言もありますが、正直なところ「昔の〇〇は今の○○より速かった」みたいな懐古主義的証言ってあまり参考にならないですよね。

 

ジェット・ミーキンの話もそうですし、日本でも沢村栄治やカネやんについてこの手の話はよく聞きますよね。

 

まあ、私はこのウィリアムスが1900年~1910年の最速投手だったと信じていますが。

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