セルゲイ・アレイニコフ

概略

Sergei Aleinikov in Japan (1993-1995)
国籍  ベラルーシ
生年月日 1961年11月7日(59歳)
出身地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦、ミンスク
身長 182cm
体重 75kg

 

Sergei Aleinikov

 

ポジションはミッドフィールダー(ディフェンシブハーフ、センターハーフ)、ディフェンダー(センターバック)。

 

利き足は右。

 

1980年代ソ連代表の黄金期に中盤の底でチームをささえたボランチ。

 

1988年欧州選手権準優勝の立役者の一人。

 

ディナモ・ミンスク、ユヴェントスなどで活躍した後、日本のガンバ大阪でも活躍した。

 

 

獲得タイトル

クラブ

ディナモ・ミンスク

  • ソビエトトップリーグ:1982年

ユヴェントス

  • コッパ・イタリア:1989–90
  • UEFAカップ:1989–90

代表

ソビエト連邦

  • UEFA欧州選手権準優勝:1988年

 

経歴

クラブ
クラブ 出場 (得点)
1981-1989 ソビエト連邦の旗 ディナモ・ミンスク 220 (31)
1989-1990 イタリアの旗 ユヴェントス 30 (3)
1990-1992 イタリアの旗 レッチェ 59 (2)
1993-1995 日本の旗 ガンバ大阪 83 (14)
1996 スウェーデンの旗 IKオデヴォルド 5 (0)
1996-1997 イタリアの旗 コリリャーノ
1997-1998 イタリアの旗 アナーニ
代表歴
1984-1991 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 73 (6)
1992 独立国家共同体の旗 CIS 4 (0)
1992-1994 ベラルーシの旗 ベラルーシ 4 (0)

 

クラブ

 

1981シーズンに地元のディナモ・ミンスクでプロ生活のスタートを切ります。

 

 

翌シーズンに8得点を挙げてリーグ優勝に多大な役割を果たし、以降中盤に欠かせない絶対的な存在となりました。

 

クラブにとって唯一となるソ連リーグタイトルでした。

 

1989シーズン終了後にユヴェントスに入団、後に共にJを盛り上げるFWスキラッチやポルトガル代表ルイ・バロシュらと共に国内カップを制します。

 

 

また、UEFA杯でもPSGやハンブルガーなどを下し、同国対決となったフィオレンティーナとの決勝を3-1で制しました。

 

 

その後移籍したレッチェでもブラジル代表マジーニョやコンテと中盤を組むものの降格、翌シーズンも昇格に絡めませんでした。

 

1993シーズンにガンバ大阪に入団して8月4日浦和戦でJデビューし、礒貝と共にゲームを作ります。

 

 

2年目には旧ソ連代表の元同僚プロタソフ、山口敏とのホットラインを形成し、自身も6得点を挙げました。

 

 

翌シーズンはオランダ代表ヒルハウスも加わり、自らもキャリア最多タイの8得点を挙げるなどチームの攻撃力は上がりますが、2ケタ順位から抜け出せませんでした。

 

その後はスウェーデンのIKオデヴォルドを経て、イタリアのセリエDのクラブで引退した。

 

代表

 

ソ連代表としては、1984年3月28日に西ドイツ代表戦で国際Aマッチにデビューした。

 

1986 FIFAワールドカップではハンガリー戦で大会のベストゴールのひとつにも数えられるゴールを決めるなど、ソ連の決勝トーナメント進出に貢献、準優勝したEURO1988では、グループリーグのイングランド戦でゴールを決め、決勝トーナメント進出に貢献、決勝ではオランダに敗れたが、全試合に出場した。

 

ユーロ1992にもCIS代表として出場した。

 

その後、ベラルーシ代表としては1992年10月28日ウクライナ戦で初出場し、4試合に出ました。

 

エピソード

 

引退後は主に育成年代や下位リーグのクラブを指導している。

 

2003年にロシアのトルペド・メタルルグ・モスクワ監督に就任したが、8試合で解任された。

 

2004年のUEFAジュビリーアウォーズにおいて、ベラルーシサッカー協会によって同国のゴールデンプレイヤー(過去50年間の最優秀選手)に選ばれた。

 

2013年、ユヴェントス・レジェンズの一員としてベガルタ仙台との記念試合に出場した。

 

プレースタイル

 

中盤の底でのキープとゲームメークでチームの攻撃にリズムをもたらし、パワフルなミドルも兼備します。

 

パス精度に優れ、効果的な散らしでゲームメイクをした。

 

また豊富な運動量を誇りピッチを駆け回り攻守に活躍。

 

守備能力も高くセンターバックをこなせるほど。

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