ヘニング・ベルグ

概略

国籍  ノルウェー
生年月日 1969年9月1日(51歳)
出身地 エイズボル
身長 184cm
体重 78kg

 

Henning Berg

 

ポジションはディフェンダー(センターバック、右サイドバック)。

 

利き足は右。

 

マンチェスター・ユナイテッドやブラックバーンで活躍した90年代から2000年代のノルウェーを代表する選手。

 

代表では1994、1998年ワールドカップ2大会連続で出場。

 

ノルウェー代表としては100試合9得点を記録している。

 

獲得タイトル

クラブ

ブラックバーン・ローヴァーズFC
  • プレミアリーグ : 1994–95
  • フットボールリーグカップ : 2001-02
マンチェスター・ユナイテッドFC
  • プレミアリーグ : 1998-99, 1999-2000
  • FAカップ : 1998-99
  • FAコミュニティ・シールド : 1997
  • UEFAチャンピオンズリーグ : 1998-99
  • インターコンチネンタルカップ : 1999

個人

  • Kniksen’s Honor Award:2004

 

経歴

Henning Berg – Fantastic Firsts 1998
クラブ
クラブ 出場 (得点)
1988-1991 ノルウェーの旗 ヴォレレンガ 66 (2)
1992-1993 ノルウェーの旗 リールストロム 20 (1)
1993-1997 イングランドの旗 ブラックバーン・ローヴァーズ 159 (4)
1997-2000 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 66 (2)
2000 イングランドの旗 ブラックバーン・ローヴァーズ (loan) 17 (0)
2000-2003 イングランドの旗 ブラックバーン・ローヴァーズ 74 (3)
2003-2004 スコットランドの旗 レンジャーズ 20 (0)
通算 422 (12)
代表歴
1992-2004 ノルウェーの旗 ノルウェー 100 (9)

 

クラブ

 

エイズボルに生まれたベルグは、イングランドへ渡る前に母国のヴォレレンガ・フォトバル、リールストレームSKでプレイしていた。

 

1992年10月14日にブラックバーン・ローバーズFCのケニー・ダルグリッシュ監督はトーレ・ペデルセンを勧誘するため、ウェンブリー・スタジアムでのイングランド対ノルウェーを視察に向かった。

 

同試合では目当てのペデルセンはベルグと負傷交代してしまったが、そのベルグのプレイに感銘を受けたことでオファーをし、1992-93シーズン途中の1993年1月に移籍金40万ポンドでイングランド1部のブラックバーン・ローヴァーズと契約した。

 

同年2月2日のクリスタル・パレスFC戦(ホーム1-2敗北)に途中出場で初出場を飾って以降、すぐに右サイドバックのポジションを掴み、1994-95シーズンはダルグリッシュ監督の下で欠場僅か2試合と中心選手としてリーグ優勝に貢献した。

 

右サイドバック、そしてセンターバックとしても安定した活躍を見せていたことから、名将アレックス・ファーガソンの目に留まり、1997年、当時のイングランドサッカー界のディフェンダーとして史上最高額となる移籍金500万ポンドでマンチェスター・ユナイテッドFCと契約を果たした。

 

ちなみにベルグが青年だった9年前に、ファーガソン監督は獲得を希望していたものの、労働許可証が取得出来ずに断念していた。

 

マンチェスター・ユナイテッドでは、1998-99、1999-2000シーズンに2度のリーグ優勝、1998-99のFAカップ、UEFAチャンピオンズリーグ 1998-99に優勝を経験。

 

3冠を達成した1998-99シーズンは、負傷により2つのカップ戦決勝で欠場を余儀なくされたものの、チャンピオンズリーグ準々決勝のインテル・ミラノ戦で多くのファンの記憶に残る活躍を見せた。

 

また、1999年にリーグを制したことでプレミアリーグ史上初の異なる2クラブでリーグタイトルを獲得した選手となり、この偉業を達成した選手は2009年までにベルグ1人であった(2010年からニコラ・アネルカ、アシュリー・コール、ガエル・クリシー、コロ・トゥーレ、カルロス・テベスも達成)。

 

ベルグは、マンチェスター・ユナイテッド加入1季目である1997-98シーズンはレギュラー起用されていたものの、1998-99シーズンにヤープ・スタム加入してから控えにまわるようになり、1999-2000シーズンは同胞のロニー・ヨンセンが負傷した場合にのみ先発起用される状態となっていたため、2000年9月にグレアム・スーネス監督率いる古巣ブラックバーンへ3ヶ月の期限付き移籍を経て完全移籍をし、2部にいたクラブを見事1部へと昇格させる原動力となった。

 

1部復帰1季目の2001-02シーズンは、カーディフのミレニアム・スタジアムでのフットボールリーグカップ決勝でトッテナム・ホットスパーFCを2-1で破り、主将として優勝カップを掲げた。

 

その後、2003年にスコットランド1部のレンジャーズと契約し、同2003-04シーズンを以って現役引退をした。

 

代表

 

1992年5月のフェロー諸島との親善試合でノルウェー代表として初出場を飾って以降、1994年、1998年のワールドカップ、UEFA EURO 2000と主要大会に3度出場。

 

2004年5月のウェールズとの親善試合でクラウス・ルンデクヴァンと早期交代したのが最後の試合となった。

 

代表通算100試合9得点を記録した。

 

エピソード

 

北ヨーロッパにあって、スウェーデン、デンマークの影に隠れていたノルウェーを1994、1998年ワールドカップ2大会連続で出場など世界と互角に戦えるまでのレベルに、引き上げた立役者の一人。

 

強面の顔だがユーモアに溢れ、チームメイトからも慕われる選手だった。

 

引退後、監督の道に進み、2005年にFKリンで指導者としてのキャリアを始めたベルグは、リールストロムを経て2012年にブラックバーンに戻るも、10試合で僅か1勝しか挙げることが出来ず、就任してから57日後に解雇された。

 

プレースタイル

 

右サイドバックとして、タイミングの良い駆け上がりで攻撃参加をし激しいアップダウンにも最後まで運動量が落ちなかった。

 

デイフェンスラインからのフィードキックの精度も高く、そのキックから得点が生まれることも度々あった。

 

センターーバックでもプレーすることもあり、その時は激しい当たりを信条に、闘志溢れるディフェンスでゴールを守った。

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