ゲルハルト・ハナッピ

概略

SK Rapid Wien | Gerhard Hanappi
国籍  オーストリア
生年月日 1929年2月16日
出身地 ウィーン
身長・体重 169cm、67kg

 

Gerhard Hanappi

 

ポジションはミッドフィールダー(センターハーフ、オフェンシブハーフ、ディフェンシブハーフ)、フォワード(セカンドトップ、センターフォワード)、ディフェンダー(サイドバック、センターバック)。

 

利き足は不明。

 

1950年代オーストリアを代表するマルチプレーヤー。

 

ほぼすべてのポジションで成功した、歴史上最も完全なプレーヤーの1人。

 

獲得タイトル

クラブ

  • オーストリアサッカーブンデスリーガ(7):1951、1952、1954、1956、1957、1960、1964
  • オーストリアカップ(1):1961年
  • ゼントロパカップ(1):1951年

代表

  • FIFAワールドカップ3位:1954年

 

経歴

Gerhard Hanappi vs Netherlands | 1958 World Cup Qualification | All Touches & Actions
クラブ
チーム 出場 得点
1947〜1950 SCヴァッカー・ウィーン 72 (16)
1950〜1965 ラピド・ウィーン 333 (114)
合計 405 (130)
代表歴
1948–1962 オーストリア 93 (12)

 

クラブ

 

多才なミッドフィールダーであるハナッピは、SCヴァッカー・ウィーンでキャリアをスタートさせ、1947年にブンデスリーガでデビューしました。

 

オーストリア最大の才能と評されたハナッピは、1950年から1965年まで大都会のライバルであるラピド・ウィーンに移籍し、物議を醸した。

 

ラピドではオーストリア・ブンデスリーガでの優勝7回、オーストリア・カップ優勝1回、ミトローパ・カップ優勝1回、UEFAチャンピオンズカップ準決勝進出等輝かしい経歴を残す。

 

同クラブでプレーした14年のうち7年間は主将としてチームを引っ張り、333試合に出場、114得点を記録している。

 

また、7年間にわたってキャプテンを務め、1999年にはラピドの「チーム・オブ・ザ・センチュリー」に選ばれた。

 

1965年に現役を引退。

 

代表

 

1948年11月のスウェーデン戦でわずか19歳でオーストリア代表デビューを果たし、1954年のワールドカップ・スイス大会では3位、1958年のワールドカップにも出場した。

 

1955年からは代表チームのキャプテンを務めた。

 

最後の国際試合は、1962年9月のチェコスロバキア戦であった。

 

アントン・ポルスターが1998年6月に94キャップを記録するまで、代表チームの出場記録を保持していた。

 

エピソード

 

ハナッピ事件

 

21歳でオーストリア最優秀選手賞を受賞するなど、「ドイツ語圏最高の至宝」と言わしめたほどの才能を持ち、多くのクラブが引き抜きにかかる。

 

しかしヴァッカー・ウィーンは他チームへの移籍を拒否。

 

そこでSKラピド・ウィーンのスポーツディレクター自らがハナッピを「誘拐」(実際には本人の了解を得て知人の家でかくまった)。

 

正式には「行方不明」となったハナッピはこの「誘拐」から数ヶ月後に「本人が行方不明」という理由から自動的に無所属になり、ヴァッカー・ウィーンとの契約も無効になる。

 

しかし無所属になった時点で突然本人の行方が分かるようになり、ヴァッカー・ウィーンの関係者が連絡を取った時点では既にSKラピド・ウィーンと契約を交わしていた、という現在では信じられないようなエピソードがある。

 

現在でもこの出来事は「ハナッピ事件」として知られている。

 

しかしこのような「誘拐」を計画してまでもハナッピを獲得したいというクラブが現れたこと自体が彼の才能がいかにずば抜けていたかを物語っている。

 

引退後

 

1965年に現役を引退。

 

同年にはオーストリア国家勲章を授与される。

 

フーゴ・マイスルの様にサッカー業界出身の人間が国家勲章を授与することは過去に幾度かあったが、サッカー選手としての功績が認められての授与は初めてのことであった。

 

引退後は「ヴェストシュターディオン」(現在のゲルハルト・ハナッピ・シュターディオン)を設計、建築家として優れた功績を残した。

 

1980年8月23日、癌のため51歳で死去した。

 

プレースタイル

 

サッカー史上屈指のマルチプレーヤー。

 

ほぼすべてのポジションで活躍した歴史上最も完成度の高い選手の一人。

 

彼の特徴はその多彩さにある。

 

同世代の中で最も優れたMFの一人であるハナッピは、本来はゴールを狙うウイングハーフだったが、その多才さゆえにほとんどすべてのポジションでプレーすることができた。

 

ハナッピはその技術的能力と創造性により、効果的なプレーメーカーとして活躍した。

 

テクニックに優れ、パスもドリブルも上手かった。

 

また、頭脳明晰で予測能力に優れていたため、ディフェンス面でも重宝された。

 

またタイミングよくボックス内に侵入することもできた。

 

この能力と正確なシュートにより、彼は数多くのゴールを決め、リーグの得点王になったこともある。

 

ハナッピは非常に闘争心の強い選手で、疲れを知らないランナーであり、優れた視野と正確なシュートを持つ素晴らしいタキニストであった。

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