フリスト・ボネフ

概略

Hristo Bonev vs Olanda Mondiali 1974
国籍  ブルガリア
生年月日 1947年2月3日(74歳)
出身地 プロヴディフ
身長・体重 181cm、78kg

 

Hristo Bonev

 

ポジションはミッドフィールダー(オフェンシブハーフ、センターハーフ)、フォワード(セカンドトップ)。

 

利き足は右。

 

1960年代から1970年代にかけて活躍したブルガリア代表のエース。

 

ストイチコフ登場以前のブルガリアのスター選手で、5度のブルガリア年間最優秀選手賞を受賞した。

 

ブルガリアで最も偉大なサッカー選手の一人である。

 

獲得タイトル

  • ブルガリア年間最優秀選手賞 5回(1967年、1969年、1971年、1972年、1973年)

 

経歴

Hristo Bonev vs Svezia Mondiali 1974
クラブ
クラブ 出場 (得点)
1959-1967 ブルガリアの旗 ロコモティフ・プロヴディフ 64 (19)
1967-1968 ブルガリアの旗 CSKAソフィア 6 (5)
1968-1979 ブルガリアの旗 ロコモティフ・プロヴディフ 337 (161)
1979-1981 ギリシャの旗 AEKアテネ 10 (0)
1982-1984 ブルガリアの旗 ロコモティフ・プロヴディフ 6 (0)
代表歴
1967-1979 ブルガリアの旗 ブルガリア 96 (48)

 

クラブ

 

1959年にロコモティフ・プロヴディフへ入団して以来、選手生活の大半を過ごし、5度のブルガリア年間最優秀選手賞を受賞した。

 

1979年に国外のクラブへの移籍が認められ、ギリシャのAEKアテネへ移籍。

 

晩年は古巣のDFSロコモティフへ復帰し、1984年に現役を引退した。

 

代表

 

ブルガリア代表としては1967年3月22日に行われた西ドイツ代表戦で代表デビューを飾った。

 

1970年のFIFAワールドカップ・メキシコ大会ではグループリーグのペルー代表戦で1得点、1974年のFIFAワールドカップ・西ドイツ大会では1次リーグのウルグアイ代表戦で1得点をあげた。

 

その後、1979年4月25日に行われたアルゼンチン代表戦を最後に代表から退くまで、国際Aマッチ96試合に出場し48得点を記録した。

 

エピソード

Hristo Bonev vs Germania Occ. Qualificazioni Europei 1976

引退後は指導者の道へ進むと、ブルガリアやギリシャ、キプロスのクラブで監督を務め、1988-89シーズンにギリシャのパナシナイコスFCの監督としてリーグ優勝、キプロスのAPOELニコシアでは1996年にリーグとカップの二冠に導いた。

 

1996年からはブルガリア代表監督を務め、1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会出場に導いたが、本大会ではグループリーグ初戦のパラグアイ代表戦で引分け、勝ち点1を獲得したものの、最終戦のスペイン代表戦で1-6と大敗を喫してグループリーグ敗退という結果に終わり、監督を辞任した。

 

2000年にドイツのザクセン・ライプツィヒを率いたのを最後に監督業から遠ざかっていたが、2010年に古巣のロコモティフ・プロヴディフの監督を務めた。

 

プレースタイル

 

高度なテクニックを誇った司令塔。

 

吸い付くようなトラップからのドリブルで相手をいなし、精度の高いキックを最大の武器とした。

 

長短のパス精度は素晴らしく、特にロングパスは正確無比だった。

 

プレイビジョンが素晴らしく、その広い視野と正確なキックを使う長短織り交ぜたパスで攻撃を組み立てたチャンスを演出した。

 

急激に曲がるカーブを描くフリーキックも彼の武器のひとつ。

 

また得点力も高く、低い位置からゲームメイクも出来るがフォワードとして得点を取ることもできた完全無欠のアタッカーだった。

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