マルティン・シュクルテル

概略

Martin Skrtel – Our Powerhouse – Liverpool FC (HD)
国籍 スロバキアの旗 スロバキア
生年月日 1984年12月15日(36歳)
出身地 チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア ハンドロヴァー
身長 191cm
体重 81kg

 

Martin Škrtel

 

ポジションはディフェンダー(センターバック)。

 

利き足は右。

 

愛称は「ターミネーター」。

 

2000年代から2010年代にかけて活躍したスロバキア代表のセンターバック。

 

リヴァプールで活躍した。

 

2007-2008シーズンのスロバキア年間最優秀選手賞者。

 

獲得タイトル

クラブ

FCゼニト・サンクトペテルブルク
  • ロシアサッカー・プレミアリーグ:1回 (2007)
リヴァプールFC
  • フットボールリーグカップ:1回 (2011-12)

イスタンブールバシャクシェヒル

  • SüperLig:2019–20

代表

スロバキア

  • キングスカップ:2018

個人

  • スロバキア年間最優秀選手賞:1回 (2007, 2008)
  • ペテル・ドゥボフスキー:1回 (2005)
  • スロバキア・ユース・チャンピオン:1回 (2001)
  • リヴァプール・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー・アワード:1回 (2012)
  • スロバキア・フットボーラー・オブ・ザ・イヤー:4回 (2007, 2008, 2011, 2012)

 

経歴

Martin Skrtel Defending Skills ● Liverpool FC 2015 HD
クラブ
クラブ 出場 (得点)
2001-2004 スロバキアの旗 トレンチーン 44 (8)
2004-2008 ロシアの旗 ゼニト・サンクトペテルブルク 74 (3)
2008-2016 イングランドの旗 リヴァプール 242 (16)
2016-2019 トルコの旗 フェネルバフチェ 79 (6)
2019 イタリアの旗 アタランタ 0 (0)
2019- トルコの旗 イスタンブール・バシャクシェヒル 0 (0)
代表歴
2004-2018 スロバキアの旗 スロバキア 103 (6)

 

クラブ

 

まだ6歳の時にスロバキアのFKプリエヴィジャのユースチームでそのキャリアをスタートさせた。

 

2001年にはFKオゼタ・ドゥクラ・トレンチン(現FK ASトレンチン)に加入。

 

様々なポジションでのプレーを試みた後センターバックに落ち着き、トレンチンでスロバキアのユース選手権を制した。

 

その結果として17歳でトップチームに引き上げられたが、1部リーグで試合に出場できたはずのチャンスはケガのため狭められてしまった。

 

日本で開催されたキリンカップでビッグクラブのスカウトの目に留まったシュクルテルは、結局2004年にゼニト・サンクトペテルブルクへ移籍することになった。

 

UEFAカップではエヴァートンやトッテナム・ホットスパーとの対戦を経験した。

 

シュクルテルのキャリアが大きく花開いたのは2007年にゼニト・サンクトペテルブルクでロシア・プレミアリーグ優勝を成し遂げてからのことだ。

 

この年にはスロバキア年間最優秀選手に選出され、その翌年にも受賞。

 

ハンブルガーSVがすぐに彼の獲得を希望したが、提示された300万ユーロは低すぎる評価額だった。

 

19歳の時にゼニトと契約したシュクルテルは、2006年にはロシア・プレミアリーグの選手ランキングで左サイドバックとして3位にランクイン。

 

2001年にはスロバキアのユースチャンピオンとなり、2002ー03シーズンにはU-18の年間最優秀選手にも選出された。

 

2005年には21歳以下の最優秀選手に贈られるペテル・ドゥボフスキー賞も受賞している(04年は2位)。

 

トッテナム、エヴァートン、ニューカッスル、バレンシアといったクラブが彼との契約を試みたが、最終的に彼とサインを交わすことに成功したのはリヴァプールだった。

 

2008年1月の移籍期間中にリヴァプールへ移った実力派のセンターバックは、1月21日のアストン・ヴィラ戦に後半途中から交代出場してリーグデビューを果たした。

 

リヴァプールとの契約は12年までの4年半。

 

650万ポンドという巨額の移籍金は、リヴァプールがDFの選手との契約のために支払った金額としては史上最高のものだった。

 

2007-08シーズンのリヴァプールはレギュラーだったDFダニエル・アッガーが長期離脱を強いられていたため、DFラインの危うさが指摘されており、その穴を埋めるために高額補強に踏み切ったとされる。

 

移籍後は、UEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦2ndレグのアウェーでのインテル戦においてUEFAチャンピオンズリーグデビューを果たした。

 

2009-10シーズン、開幕戦のトッテナム・ホットスパーFC戦でコンビを組んだジェイミー・キャラガーと激突して以来ミスが目立つようになり不安視されていたが、2011年1月にケニー・ダルグリッシュが監督に就任すると安定した守備を見せ始め、レギュラーとしての地位を確立した。

 

翌2011-12シーズンには安定したDFに加え、フットボールリーグカップ決勝での同点弾など攻撃面でも活躍。

 

全体の半数近い票を得てクラブのシーズンMVPに選出された。

 

リバプールの左サイドバックのホゼ・エンリケは、シュクルテルとダニエル・アッガーのコンビを「プレミアリーグで最高のディフェンスコンビ」と評した。

 

シュクルテルのパフォーマンスの水準が上がるにつれ、アンフィールドでのファンの人気も高まり、「ターミネーター」というニックネームが付けられるようになった。

 

2013-14シーズンにはCBながらもアーセナル戦やマンチェスター・シティ戦などのビッグマッチで得点を挙げ、最終的にはキャリアハイとなるプレミアリーグで7得点を記録した。

 

しかし同シーズンでオウンゴールも4点あり、プレミアリーグの1シーズンでのオウンゴール記録を更新してしまった。

 

2015-16シーズンは度重なる負傷の影響で離脱を繰り返し、パフォーマンス自体も低下。

 

ユルゲン・クロップ監督の構想外とも言われ、これまで過ごした8年半の間で公式戦319試合に出場したリヴァプールを去ることが決定的とみられた。

 

2016年7月14日、トルコ・スュペル・リグのフェネルバフチェへ完全移籍した。

 

移籍金は非公表も、イギリス紙『デイリー・ミラー』では550万ポンド(約7億8000万円)と報じられた。

 

2019年8月10日、アタランタBCに加入した

 

しかし、9月2日に契約を解除した。

 

2019年9月3日、イスタンブール・バシャクシェヒルFKと1年契約を結んだ。

 

代表

 

シュクルテルは、スロバキアのユースチームで国際的なサッカー選手として活躍し、2004年にシニアチームでデビューした。

 

2010年のFIFAワールドカップでは、独立国として初めてスロバキア代表が出場した。

 

ワールドカップでは全試合に出場し、ラウンドオブ16に進出しましたが、最終的に準優勝国のオランダに敗れました。

 

シュクルテルは、スロバキア代表のキャプテンとして、UEFA Euro 2016予選で優勝候補のスペインを破り、フランスで開催される決勝トーナメントに出場し、ロシアを破り、イングランドと同点でラウンド16に進出しました。

 

シュクルテルは、スロバキア史上3番目にキャップ数の多い選手で、2018年10月13日、トルナバで行われたチェコとのダービーマッチで、スロバキア史上3人目となる100キャップ目を達成しました。

 

2019年2月22日、シュクルテルは同じく代表チームのDFトマシュ・フーボチャン、FWアダム・ネメックとともに34歳で国際サッカーからの引退を発表した。

 

このトリオは2019年10月13日、パラグアイとの親善試合でお別れの試合を共にし、それは代表チームが10年ぶりにテヘルネのポールに戻ってきたこととも重なった。

 

シュクルテルはキャプテンとして先発メンバーでプレーし、約30分後にデニス・ヴァヴロと交代した。

 

ヴァヴロはシュクルテルを自分のサッカー界のアイドルの一人に挙げていることで知られている。

 

エピソード

Best Football Moments of Martin Skrtel

幼い頃はアイスホッケーもしており、かなりの実力の持ち主であったが、元サッカー選手の父親の影響もあり、サッカー選手としての道を選んだという。

 

大柄で武骨な見た目とは裏腹に温厚で大人しい性格である。

 

元チームメイトであり、同じDFであるダニエル・アッガーとは同い年で誕生日も近く、仲が良いことで知られている。

 

プレースタイル

スピードと技術を兼ね備えるCBで、精度の高いパスを魅力。

 

局面の競り合いやマンツーマンに絶対的な強さを示すが、その能力に驕ることなく守備戦術の精度を高める姿勢がディフェンスリーダーとして信頼される由縁だ。

 

獅子奮迅の働きもそうした意識をベースに成り立っている。

 

ディフェンス面ではブロック数、クリア数がチーム内1位、競り合いの数が2位とチームへの貢献度の高さが伺える。

 

DFのボールへの関与数はチーム事情とも関係するが、タックルやヘディングの成功率を見ても悪くない数字だ。

 

オフェンス面を見ると、彼がチームの攻撃をより加速させているのが良くわかる。

 

DFながらここまでゴールを決め、チャンスを演出し、ドリブルとパスの成功率は共に90%を越えている。

 

流石は元FWと言った所だろうか、CBの攻撃参加としては申し分ない活躍ぶりだ。

 

余計なカードを貰うこともなく退場や出場停止とも無縁だ。

 

ただ、オウンゴールの数が7とプレミア史上歴代2位を記録してるのは不名誉だろう。

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