概略
国籍 | ![]() |
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生年月日 | 1977年9月2日(43歳) | ||
出身地 | ジリナ | ||
身長 | 183cm | ||
体重 | 78kg |
Marek Mintál
ポジションはミッドフィールダー(オフェンシブハーフ)。
利き足は右。
愛称は「ファントマ」、「スナイパー」、「ステルス爆撃機」。
2000年代に活躍したスロバキア代表のミッドフィールダー。
ミッドフィールダーながら高い得点力を活かしニュルンベルクではブンデスリーガ得点王に輝いた。
獲得タイトル
-
クラブ
- MŠKジリナ
- ツォルゴン・リーガ 2002, 2003
- スロバキア・スーパーカップ 2003
- 1.FCニュルンベルク
- 2. ブンデスリーガ 2004
- DFBポカール 2007
-
個人
- ツォルゴン・リーガ得点王 2002, 2003
- スロバキア年間最優秀選手賞 2004, 2005
- ブンデスリーガ2部得点王 2004, 2009
- ブンデスリーガ得点王 2005
経歴
クラブ | |||
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年 | クラブ | 出場 | (得点) |
1996-2003 | ![]() |
188 | (77) |
2003-2011 | ![]() |
180 | (66) |
2011-2012 | ![]() |
24 | (6) |
2012-2013 | ![]() |
29 | (11) |
代表歴 | |||
2002-2009 | ![]() |
45 | (14) |
クラブ
1998年、スロヴァキアのMŠKジリナでプロキャリアをスタート。
入団1年目に11ゴールを挙げて華々しいデビューを飾り、チーム内での地位を確立させると、翌シーズンでも12ゴール、2000-01シーズンには21得点とゴールを量産。
2002-03シーズンのリーグ連覇にも貢献し、スロバキア国内での地位を不動のものとした。
2003-04シーズンには当時ドイツ・ブンデスリーガ2部に所属していたニュルンベルクに移籍し、その年のリーグ戦で18ゴールを挙げ1部昇格の原動力となる。
このシーズン、攻撃的なMFであるミンタルは、その目立たないプレースタイルが広く評価され、「ステルス爆撃機」「スナイパー」「ファントム」などと呼ばれるようになった。
翌年、ミンタルはブンデスリーガで24ゴールを挙げて得点王になり、ニュルンベルクの降格を食い止めるのに貢献した。
ブンデス1部ルーキーイヤーにして得点王を獲得、チームを1部残留に導くと同時にその得点感覚がトップレベルにある事を証明した。
クラブでの活躍が認められ、2004年、2005年と2年連続でスロバキア最優秀選手賞を受賞した。
このようにゴールを量産したミンタルは、2005年の夏休みにビッグクラブへの移籍の噂が流れた。
リバプール、ベシクタシュ、ビジャレアル、VfBシュトゥットガルトなどと移籍の噂があった。
しかし、これらの噂は移籍に結びつかず、ミンタルはニュルンベルクに残ることを決めた。
しかし、次のシーズンはこのスロバキア人ストライカーにとって悲惨なものとなり、5か月の間に2度も足を骨折した。
5ヵ月の間に2度も足を故障し、4試合に出場して1ゴールを挙げただけだった。
ボルシア・メンヒェングラッドバッハ戦では、60分後に交代で出場し、試合復帰を果たした。
その2週間後には、キプロス戦で2ゴールを挙げ、再び母国の選手として活躍した。
同年末、再び足の故障に悩まされ、2度目の手術を受けることになった。
ミンタルは2007年に1.FCニュルンベルクでDFBポカールを獲得した。
この試合では、ゴールも決めたが、VfBシュツットガルトのポルトガル人DFフェルナンド・メイラに負傷させられた。
試合は延長戦の末、3-2でFCニュルンベルクが勝利しました。
UEFAカップのAZ戦では、ヨーロッパでの夢を叶えるためにブレースを決めました。
2008-09シーズンは16得点を挙げ、ベンヤミン・アウアーやセドリク・マキアディと並んでブンデスリーガ2部の得点王に輝いた。
2013年に選手生活を終えた。
代表
2002年2月6日にはスロバキア代表として初キャップを獲得した。
2002年2月6日にスロバキア代表として初めてキャップを獲得し、33キャップ、11ゴールを記録した。
エピソード
引退後、2013-14シーズンから2014年10月までは、元のチームである1.FCニュルンベルクのコーチを補佐していました。
FCニュルンベルクのコーチを務めた後、スロバキアに移籍してコーチングライセンスを取得した。
ミンタルは2015-16シーズンにアシスタントコーチとしてニュルンベルクに戻り、現在はU19チームのアシスタントコーチも務めている。
2019年2月12日にトップチームの暫定アシスタントコーチに就任した。
2019年11月4日に1試合だけヘッドコーチに昇格した。
プレースタイル
ミッドフィールダーながら脅威の得点力を発揮した選手。
目立たないプレーで知られ、突如としてゴールを陥れる様はまさにステルス爆撃機。