エディン・ジェコ

概略

Edin Dzeko | Roma's Captain and Star Striker | Exclusive Interview | Serie A TIM
国籍 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ
生年月日 1986年3月17日(35歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア サラエヴォ
身長 193cm
体重 84kg

 

Edin Džeko

 

ポジションはフォワード(センターフォワード)。

 

利き足は右。

 

ドイツとイングランドの2つのリーグで計3度の優勝を経験。

 

ヴォルフスブルク所属時代の2009-10シーズンにブンデスリーガで、ASローマ所属時代の2016-17シーズンにセリエAでそれぞれ得点王に輝いた。

 

また欧州5大リーグのうち、3つのリーグで50得点を挙げた史上初の選手である。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の最多出場記録、最多得点記録の保持者でもあり、2014年9月からは代表の主将を務める。

 

獲得タイトル

クラブ

VfLヴォルフスブルク
  • ブンデスリーガ : 2008-09
マンチェスター・シティ
  • プレミアリーグ : 2011-12 , 2013-14
  • FAカップ : 2010-11
  • フットボールリーグカップ : 2013-14
  • FAコミュニティ・シールド : 2012

個人

  • ブンデスリーガ年間最優秀選手 : 2008-09
  • ボスニア・ヘルツェゴビナ年間最優秀選手 : 2009, 2010, 2011-12
  • ブンデスリーガ得点王 : 2009-10
  • セリエA得点王 : 2016-17
  • UEFAヨーロッパリーグ得点王 : 2016-17
  • ボスニアスポーツマンオブザイヤー:2009、2018 
  • カストロールパフォーマンスインデックスEDGE今月のパフォーマンス:2011年8月
  • キッカーブンデスリーガチームオブザシーズン:2008–09、2009–10
  • UEFAチャンピオンズリーグ今シーズンのチーム:2017–18 
  • 今月のプレミアリーグプレーヤー2011年8月
  • サポーターによる2017–18シーズンのローマプレーヤー

 

経歴

Edin Dzeko – Best Goals & Skills – HD
クラブ
クラブ 出場 (得点)
2003-2005 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ジェリェズニチャル 38 (3)
2005-2007 チェコの旗 テプリツェ 43 (16)
2005 チェコの旗 ウースティー・ナド・ラベム (loan) 15 (6)
2007-2011 ドイツの旗 ヴォルフスブルク 111 (66)
2011-2015 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 130 (50)
2015 イタリアの旗 ローマ (loan) 31 (8)
2016- イタリアの旗 ローマ 102 (54)
代表歴
2003-2004 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ U-19 5 (0)
2006-2007 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ U-21 5 (1)
2007- ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ 103 (56)

 

クラブ

 

父親のミドハト・ジェコもプロサッカー選手であった。

 

ボスニア紛争の時は一家で団地に避難し、音を立てられない地下室生活を強いられながら砲弾が止む僅かな時間にサッカーを楽しんでいた。

 

5歳のときにFKジェリェズニチャルの下部組織に入団し、2003-04シーズンにトップチームに昇格した。

 

2005年にチェコ・リーグのFKテプリツェに移籍金2万5000ユーロで完全移籍し、ジェリェズニチャル時代に指導を受けたチェコ人監督イジー・プリーシェクが率いるFKウースティー・ナド・ラベムにすぐさまレンタル移籍した。

 

そこで15試合6得点と結果を残し、半年後にはFKテプリツェに復帰し、13得点を挙げて得点ランキング2位に入った。

 

2007年6月26日、フェリックス・マガトが監督を務めるドイツのVfLヴォルフスブルクに400万ユーロの移籍金で移籍した。

 

2007-08シーズンは28試合出場で8得点と、まずまずの成績を残した。

 

2008-09シーズンはDFBポカールのFCオーバーノイラント戦でハットトリックを達成したが、リーグ戦では前半戦5得点にとどまった。

 

しかし後半戦に大爆発し、最終的に26得点を決めて得点ランキング2位にはいった。

 

2人合計54得点を叩き出したグラフィッチとのコンビはリーグ最強と謳われ、クラブ史上初のリーグ優勝に貢献した。

 

この活躍から2009年夏の移籍市場ではイタリアのACミランが獲得に乗り出し、ジェコも移籍を希望したが、クラブはジェコの放出を拒否し、結局2013年まで契約を延長した。

 

ジェコは幼いころからのミランのファンであり、サラエヴォの彼の部屋には、お気に入りの選手であるアンドリー・シェフチェンコの背番号7のユニフォームが飾られていたという。

 

チームに残留した2009-10シーズンはチームとしては苦戦をしいられ連覇を逃すも、ジェコは22得点を決めブンデスリーガ得点王を獲得した。

 

2009年末にはバロンドール候補30人にノミネートされた。

 

2010-11シーズンは移籍を希望していたもののチームに残留し、キャプテンを任される。

 

クラブは低迷したが、ジェコは前半戦だけで10得点を挙げた。

 

2011年1月7日、イングランドのマンチェスター・シティFCに移籍した。

 

ヴォルフスブルクには移籍金3500万ユーロが支払われたが、これはプレミアリーグのクラブが支払った金額としては史上6番目であり、ブンデスリーガ所属選手に支払われた金額としては過去最高額となった。

 

背番号は10。

 

2011-12シーズンのプレミアリーグ最終節、クイーンズ・パーク・レンジャーズ戦では途中出場で後半ロスタイムに同点のヘディングシュートを決め、奇跡の優勝へとつなげた。

 

2012-13シーズンは、セルヒオ・アグエロの負傷が目立つ中、チーム得点王となる14ゴールを記録した。

 

2013-14シーズンは前年度を上回る16ゴールを挙げ、出場時間あたりの得点率では同僚のセルヒオ・アグエロ、ルイス・スアレス、ダニエル・スターリッジに次ぐ4位(5位はロビン・ファン・ペルシー)となり、2シーズンぶりのリーグ優勝に貢献した。マンチェスターシティでは大事な所で決める印象的なゴールが多く、このシーズンもシーズン終盤のクリスタル・パレス戦やエヴァートン戦、アストン・ビラ戦の決勝ゴールを決めるなど、重要な場面でゴールを決めた。

 

2015年8月、セリエAのASローマへのレンタル移籍が決定。

 

背番号は9番。

 

開幕戦のエラス・ヴェローナ戦でセリエAデビュー。

 

2015年8月30日の第2節、ユヴェントス戦で移籍後初得点を挙げ、チームのシーズン初勝利に貢献した。

 

ローマでの1シーズン目はリーグ戦8ゴールに終わった。

 

2016-17シーズンはUEFAヨーロッパリーグのプルゼニ戦でハットトリックを達成、2月のヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦のビジャレアル戦でもハットトリックを達成した。

 

ローマはヨーロッパリーグでベスト16で敗退したものの、ジェコは8得点を挙げジュリアーノと共に得点王となった。

 

またセリエAでは37試合に出場し29得点を決め、ナポリのドリース・メルテンスを1得点差で抑え、セリエA得点王となった。

 

またリーグ戦、カップ戦など合計では合計39得点を記録した。

 

2017-18シーズン、3月3日のナポリ戦で2得点を挙げ、セリエA通算50得点を達成。

 

これでブンデスリーガ、プレミアリーグに続く50得点達成となり、ヨーロッパ5大リーグのうち3つのリーグで50得点を挙げた史上初の選手となった。

 

UEFAチャンピオンズリーグ、対FCバルセロナ、準々決勝では1stレグ、2ndレグ共にゴールを決め、2ndレグではPKも獲得し、1stレグに4-1で勝利していたバルセロナに対し、奇跡の逆転準決勝進出の立役者となった。

 

UEFAチャンピオンズリーグ準決勝のリヴァプールFC戦の1stレグの試合では5-0とされたなか、ラジャ・ナインゴランのロングパスをワントラップからシュートを決め、反撃の口火を切るゴールを決めた。

 

2ndレグの試合でもチャンピオンズリーグで5試合連続となるゴールを決めたが、わずかにトータルスコアで7-6と及ばず準決勝で敗退した。

 

2018-19シーズン、セリエA開幕戦のトリノ戦で後半44分に決勝ゴールを決め1-0での勝利の立役者となった。

 

UEFAチャンピオンズリーグ・GL第2節ブルゼニ戦ではハットトリックを達成し、チームを勝利に導いた。

 

2019-20シーズン、開幕前の移籍市場では、コンテが監督に就任したインテルへの移籍が噂され、インテルの若手選手やイカルディとのトレードなども取り沙汰されたが、2019年8月16日に契約を2022年まで延長してローマに残留した。

 

2019-20シーズンのセリエA開幕戦となったジェノア戦では1ゴール1アシストを記録した。

 

9月22日のボローニャ戦では同点で迎えた後半アディショナルタイムに勝ち越しゴールを挙げて勝利に貢献した。

 

2020年2月1日、サッスオーロ戦でゴールを挙げ、ローマでの公式戦通算100得点目を記録した。

 

7月15日、第33節のヴェローナ戦でゴールを決め、ローマでの通算ゴール数を105とし、外国籍選手としては最多得点者となった。

 

2020年12月13日、ボローニャ戦でローマでの公式戦111点目となるゴールを挙げ、アメデオ・アマデイに並びクラブ歴代3位の得点者となった。

 

代表

 

2007年6月2日、 トルコ戦でボスニア・ヘルツェゴビナ代表デビュー、その試合で初得点を記録した。

 

2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選では、第2節から第6節まで5節連続で得点し、2008年9月10日のエストニア戦、2009年4月1日のベルギー戦で2得点を挙げるなど、予選を通して10得点を決める活躍を見せた。

 

スペインに次ぐ2位に入ってプレーオフに進出したが、プレーオフでポルトガルに敗れて2010 FIFAワールドカップ本大会出場はならなかった。

 

2012年9月7日の2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選のリヒテンシュタイン戦で代表では初となるハットトリックを達成するなど、初のW杯出場に貢献した。

 

2014 FIFAワールドカップを戦う代表23人に選出された。

 

グループリーグ2戦目のナイジェリア戦では、先制ゴールを奪ったかに見えたが判定はオフサイド。

 

しかしこれは明らかな誤審であり、試合後ジェコは「僕らは家に帰る。だから悲しいよ。でも、この主審も家に帰るべきだ。彼は結果を変えた。彼が試合を変えた。だから僕らは負けた。先制されてから反撃しようとしたね。でも、キャプテン(エミル・スパヒッチ)にファウルが遭ったのは明らかだった。僕のゴールもオフサイドじゃなかったよ。僕らは最後まで戦った。でも、今日は運がなかったんだ」と語った。

 

「今日は僕らが試合に勝つべきだった。ナイジェリアも良いプレーをしたし、チャンスを作ったけどね。だけど、主審は恥ずべきだった」と審判を批判した。

 

この試合の敗戦でグループリーグ敗退が決まってしまったボスニア・ヘルツェゴビナだったが、3戦目のイラン戦では、先制ゴールとなるミドルシュートで自身ワールドカップ初ゴールを決め、悲願の初勝利を記録して大会を去って行った。

 

2017年3月28日ボスニア人プレーヤーとして初の国際試合50ゴールを達成した。

 

2018年10月15日のUEFAネーションズリーグ、北アイルランド戦で2ゴールを挙げ、1点目のゴールでキャリア通算300ゴールを達成した。

 

2019年3月23日のEURO予選アルメニア戦に先発出場し、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表史上初となる代表通算100試合出場を達成した。

 

エピソード

Edin Džeko – Welcome to Juventus?

ボスニアの誰もが、それぞれ語るべき戦争の物語を持っている。

 

エディン・ジェコも例外ではない。

 

サライェヴォが包囲されたとき、多くのチームメイトが都市を離れるなかで、彼の家族は逃げることを拒否した。

 

居を転々とした後、彼は6~10歳の間を祖父の家で過ごした。

 

地下の一つのベッドルームで12人の家族が生活した。

 

その10年後、エディン・ジェコはボスニア・ヘルツェゴビナで初のユニセフ大使となった。

 

2008/09シーズンは自身が26ゴール、グラフィッチが28ゴールで計54ゴールを挙げます。

 

バイエルンで71/72シーズンにゲルト・ミュラーが40ゴール、ウリ・ヘーネスが13ゴールを挙げた計53ゴールを上回り、ブンデスリーガにおける2トップ最多ゴール記録を更新しました。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナでは、ジェコは『ボサンスキ・ディヤマント』と呼ばれている。

 

それは『ボスニアのダイヤモンド』とざっと訳すことが出来る。

 

このニックネームは、2009年3月に行われたベルギー代表との試合でファンタスティックなゴールを決めた彼に対して、コメンテーターのマルヤン・ミヤイロビッチが名付けたものである。

 

プレースタイル

Edin Dzeko – Made in Bundesliga

192cmと高さを誇る長身CFながらテクニックにも秀でたストライカー。

 

ジェコの身長は193cmです。

 

とても大きい選手で、強さも備えています。

 

このフィジカル能力を生かしたプレーが彼の強みであることは言うまでもないでしょう。

 

彼の特徴に挙げられるのは、ポストプレーで見せる強さと上手さです。

 

大きくて強い、それだけでなく上手いフォワードはなかなかいないのでは。

 

ディフェンダーを背負ってボールをおさめるプレーはよく見せてくれます。

 

大きくて強い身体に加えて両腕で相手を抑え込み、味方から受けるボールに触らせません。

 

なおかつ、相手を背負った状態でボールを受けて味方にさばくのが上手です。

 

コントロールがあまり乱れず、落としのパスも正確です。

 

これはチームとして大きい。

 

しっかりと味方のパスをおさめて、タメを作ってからまた味方にパスをさばくのは彼の職人技。

 

もちろん193センチありますので頭で味方に落とすのも上手です。

 

ジェコはこの手のポストプレーをゴール前やセンターライン付近、ピッチ上のどこでも遂行してくれます。

 

カウンター攻撃に移るときも重要になります。

 

ゴール前でもポストプレーでボールを繋げることから、ジェコは味方のお膳立ても期待できるセンターフォワードです。

 

2016-17はリーグ戦で12回のアシストを記録しています。

 

かなり大柄なジェコはお世辞にもスピードがある方ではありません。

 

一方で、足下だけでボールを受ける選手でもありません。

 

一体どういうことでしょうか。

 

彼はスピードがないかわりにディフェンスラインとの駆け引きに長けていて、裏を取りに行くタイミングが秀逸です。

 

これもベテランならではの味があります。

 

おまけに大きくて強いジェコですから、一度相手ディフェンスの前に身体を入れればファウル以外で太刀打ちするのは難しいです。

 

オリンピコの奇跡でのG・ピケのように。

 

ポストプレーでチームの攻撃を潤滑にしてくれるジェコですが、センターフォワードとしての純粋な得点能力も見事なものです。

 

キックも正確でコースを突いたシュートを見せてくれますし、ボディバランスの良さから難しい体勢からでもシュートを打てる選手です。

 

当然、サイズも強さもありますのでヘディングシュートは強力です。

 

ジェコは両足とも器用なので、頭も合わせて3か所で得点を狙えます。

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