概要
国籍 | ![]() |
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生年月日 | 1986年12月26日(35歳) | ||
出身地 | ニース | ||
身長 | 188cm | ||
体重 | 78kg |
Hugo Lloris
ポジションはゴールキーパー。
利き足は左。
愛称は「聖ロリス」。
2018年ロシア・ワールドカップを制し、世界王者に君臨したフランス代表で表彰式で、誰もが憧れるトロフィーを掲げた主将が、トッテナムの守護神ウーゴ・ロリスだ。
世界屈指のGKでありながらも、クラブキャリアでメジャータイトルになかなか恵まれなかったロリスだが、2008年にデビューを果たした“レ・ブルー”で世界の頂点を経験する。
2011年から主将に就任して絶対的な地位を確立すると、2018年ロシアW杯で6試合に出場。
安定したセービングでチームを助け、トロフィーを掲げた。フランス代表では、これまで歴代4位となる114試合に出場。
世界王者で、多くの信頼を集める頼れる守護神だ。
獲得タイトル
クラブ
- オリンピック・リヨン
- クープ・ドゥ・フランス:2011-12
- トロフェ・デ・シャンピオン:2012
代表
- U-19フランス代表
- UEFA U-19欧州選手権:2005
- フランス代表
- FIFAワールドカップ:2018
- UEFAネーションズリーグ:2020-21
個人
- リーグ・アン最優秀ゴールキーパー:2008-09, 2009-10, 2011-12
- リーグ・アンベストイレブン:2008-09, 2009-10, 2011-12
- リーグ・アン月間最優秀選手:2008年4月, 2009年9月
経歴
クラブ
10歳の時にニースの下部組織に入団した。
3年ほどリザーブチームで過ごし、トップチームに昇格するとすぐさま背番号1を与えられた。
リーグカップでは正GKのダミアン・グレゴリーニに代わってレギュラーを任せられ、2005年10月25日のシャトールー戦でプロデビューを果たし、その試合は2-0の完封勝利を収めた。
リーグ・アンデビュー戦となった2006年3月18日のナンシー戦は1-0で完封勝利した。
2007-08シーズンはリーグ最少失点の栄誉を手にした。
欧州のビッグクラブからアプローチされるようになり、将来的な契約が期待された。
ニースでの活躍を受け、グレゴリー・クーペの後釜を探していたリーグ7連覇の王者リヨン、ジーダに代わる存在を探していたミラン、ポール・ロビンソンの代役を探していたトッテナムなどの興味を引いた。
リヨンに移籍しクーペの後釜としてレギュラーポジションも確約された。
8月9日にシーズン開幕戦のトゥールーズ戦で移籍後初出場を果たし、3-0で勝利して初完封を記録。
10月31日のライバルサンテティエンヌ戦(0-1)までに5完封をマークした。
2008-09シーズンは27失点・16完封(いずれもトゥールーズのセドリック・カラッソに次ぐリーグ2位)を記録したにも関わらずボルドー・マルセイユに次ぐ3位に終わり、リーグ8連覇達成はならなかった。
しかし個人の活躍が認められ、リーグ最優秀GK賞とリーグ最優秀選手賞にノミネートされた。
2009-10シーズンもレギュラーの座を守り、開幕から8試合でクラブ新記録となる4完封を記録した。
2009年9月には月間最優秀選手賞を受賞したが、これは2008年8月にマルセイユのスティーヴ・マンダンダが栄誉に浴して以来のゴールキーパーの受賞であった。
2009年10月20日にアンフィールドで行われたチャンピオンズリーグのリヴァプール戦ではディルク・カイトのヘディング、ダビド・ヌゴグのボレー、ファビオ・アウレリオのヘディング、ハビエル・マスチェラーノのミドル等リヴァプールの決定機を次々と防ぎ、前半の1失点のみに抑えて2-1で逆転勝利しフランスメディアに称賛された。
11月5日のスタッド・ジェルランでのリヴァプール戦では前半だけでフェルナンド・トーレスやディルク・カイト、アンドレイ・ヴォロニンなどのシュートを次々に止め、後半も鋭い反射神経でルーカス・レイバのミドルシュートをセーブした。
試合は後半ロスタイムにリサンドロ・ロペスの得点で1-1に追い付き、イングランドきってのクラブをグループリーグ敗退に追いやり、決勝トーナメント進出を決めた。
2009年11月8日のマルセイユ戦(5-5)はマンダンダとのフランス代表対決になったが、両クラブの監督やメディアが「ザル守備 」とこき下ろしたように両クラブとも5得点ずつを挙げる展開になり、この両者の対戦では最も得点数の多い試合となった。
12月20日には2009年のフランス最優秀選手が発表され、チェルシーのニコラ・アネルカとボルドーのヨアン・グルキュフに次ぐ3位の得票を得た。
2010年に入っても引き続きポジションを守り、年が明けてから最初の4試合で2点しか許さなかった。2月16日のチャンピオンズリーグ・ラウンド16のレアル・マドリード戦1stレグでは、61分のクリスティアーノ・ロナウドのシュートを指先で弾いて枠外にそらし、3分後のゴンサロ・イグアインのシュートは体を投げ出して抑え、ホームでの1-0の完封勝利で2ndレグへの期待を高めた。
ベルナベウでの2ndレグでは6分にロナウドに得点を許し、リーグ戦から続けていた620分間連続無失点が途切れたが、その後同点に追い付いて2試合合計2-1で準々決勝に進出した。
準々決勝ではボルドーとの同国対決を制してクラブ史上初の準決勝に進んだが、準決勝では準優勝だったバイエルンに敗れた。
5月2日のモンペリエ戦ではロリスのフィードからミシェル・バストスが決勝点を決め、アシストを記録した。
リーグ戦は2位に終わったが、リーグ3位の33失点に抑えたため2シーズン連続でリーグ最優秀GKに選出された。
2010-11シーズン開幕前、UEFAクラブ・フットボール・アワードの最優秀GK賞にノミネートされたが、チャンピオンズリーグを制したインテルのジュリオ・セザルが受賞した。
シーズンでは引き続きゴールを守り、37試合出場で40失点とリーグ4位の数字を残したが、リーグ戦では3位・チャンピオンズリーグではレアルに前年の借りを返されてベスト16に終わり、国内カップ戦でも早期敗退して3季連続の無冠に終わった。
クロード・ピュエル監督が退任して、レミ・ガルデ新監督が就任した2011-12シーズンは36試合で49失点と前年より失点が増えてリーグ戦では4位に終わり9季連続で獲得してきたチャンピオンズリーグ出場権をついに手放し、チャンピオンズリーグでもキプロスのアポエルにPK戦の末に敗れて2季連続のベスト16に終わったが、クープ・ドゥ・フランスでは3部のクヴィイーを破って4季ぶりに優勝した。
リーグ・カップでも決勝に進出したが、3連覇を狙ったマルセイユに敗れて準優勝だった。
2012年8月31日、1200万ポンドでイングランドのトッテナム・ホットスパーFCに移籍。
当初は連続試合出場記録を更新し続けるフリーデルの控えであったが、10月7日のアストン・ヴィラ戦(2-0)でプレミアリーグにデビューした。
2014-15シーズンより副主将に就任。
2015-16シーズンからは主将に就任した。
2016-17シーズンは最終節までクリーンシート数15とクルトワと並ぶ可能性があったが、ハル・シティ戦では1失点、クリーンシートランキング2位となった。
2018-19シーズンのCLグループステージ第3節PSV戦では、2014年以来となる退場処分を受けた。
19年2月10日の第26節レスター・シティ戦でジェイミー・ヴァーディのPKをストップすると、第29節アーセナル戦でも後半ロスタイムに負け越しがかかったP-E.オーバメヤンのPKをストップし、更に4月8日のチャンピオンズリーグ準々決勝マンチェスター・シティ戦1stレグでセルヒオ・アグエロのPKをストップ。
この時点で2019年のPKセーブ率は100%であった。
2ndレグではオープンな撃ち合いで4点を決められはしたが、数回の決定機を防ぎアウェイゴール差での準決勝進出に貢献した。
準決勝アヤックス戦でも2試合に渡って好セーブを連発し、キャプテンとしてチームを史上初の決勝進出に導いたが、決勝ではリヴァプールに0-2と破れタイトル獲得を逃した。
2019-20シーズン、8月17日のマンチェスター・シティ戦で300試合出場を達成したが、その後10月5日のブライトン戦でハイボールの目測を誤って後ろに転倒し、肘を脱臼する重傷を負って長期離脱した。
翌年1月23日の第24節ノリッジ戦で先発復帰を果たし、残りのリーグ戦にフル出場してトッテナムのヨーロッパリーグ出場権獲得に貢献した。
セーブ率76.9%は同シーズンのプレミアリーグに10試合以上出場したGK23人中1位であった。
代表
フランスの代表チームにはU-18フランス代表で初めて招集され、2004年3月11日のU-18ドイツ代表との親善試合でデビューした。
U-19フランス代表に移ると2005年のU-19欧州選手権に出場し、ヨアン・グルキュフらとともに優勝を飾った。
2006年にはU-20世代の各国代表が集うトゥーロン国際大会に出場して優勝した。
U-19フランス代表としては20試合に出場したが、A代表と掛け持ちしたU-21フランス代表では5試合しか出場していない。
2007年以降はU-21フランス代表としての出場がなかったにもかかわらず、UEFA U-21欧州選手権出場がかかったプレーオフのために14ヶ月ぶりに招集された。
2008年2月6日のスペイン戦でフランスA代表に初招集されたが、A代表でプレーする代わりにB代表のコンゴ民主共和国戦に出場した。
その後も何回かA代表に招集され、11月19日のウルグアイ戦でついに初キャップを記録した。
2009年9月9日のセルビア戦ではペナルティエリア内でニコラ・ジギッチを倒したと判定され、代表戦で初のレッドカードを受けた。
しかし、リプレイ映像ではロリスのファールではなかったことが確認されている。
出場停止処分を経て、10月14日のオーストリア戦ではフル出場して3-1の勝利に貢献した。
2010 FIFAワールドカップ本大会出場をかけたプレーオフのアイルランド戦でのプレーはメディアや選手から称賛されるものであった。
かつてフランス代表の正GKだったグレゴリー・クーペはロリスの活躍を「並はずれている」と表現し、フランスメディアは「聖ロリス」 との愛称を付けた。
2010年5月中旬には2010 FIFAワールドカップに出場するフランス代表候補30人に選出され、その後発表された23人の本大会出場メンバーにも順当に選ばれた。
6月11日、グループリーグ初戦のウルグアイ戦でFIFAワールドカップデビューを果たし、0-0で完封した。
続くメキシコ戦では後半に2点を奪われ0-2で敗れた。
3戦目の地元南アフリカ戦では相手の先制点につながるミスを犯したが、その後は度重なる好セーブを見せた。
しかし、試合には1-2で敗れて1分け2敗のリーグ最下位での敗退が決まった。
2010年11月17日のウェンブリー・スタジアムでのイングランド戦ではローラン・ブラン監督に指名されてフランス代表のキャプテンに就任してプレーし2-1で勝利を飾った。
2012年2月29日のドイツ戦からは正式にキャプテンに就任した。
2014 FIFAワールドカップにもキャプテンとして出場、グループリーグを1位通過し、決勝トーナメントのナイジェリア戦に勝利しベスト8に進むが、この大会で優勝するドイツに敗れた。
UEFA EURO 2016ではキャプテンとして決勝進出に貢献したが、決勝でポルトガルに敗れ準優勝に終わった。
2018 FIFAワールドカップでもキャプテンとして6試合に出場。
グループリーグ第2戦のペルー戦で代表100試合出場を達成した[48]。準々決勝のウルグアイ戦ではマルティン・カセレスの決定機を防ぎ、準決勝のベルギー戦でも、0-0で迎えた前半21分、ゴール前の混戦からトビー・アルデルヴェイレルトが振り向きざまに放ったシュートを超人的な反応でストップし、1-0での決勝進出に貢献した。
決勝のクロアチア戦では自身のミスからマリオ・マンジュキッチに得点を許したが、チームメイトの活躍もあり、4-2と競り勝ちフランスは2度目の世界制覇を果たした。
2021年、UEFA EURO 2020、決勝トーナメント1回戦のスイス戦では試合中ロドリゲスのペナルティーキックをセーブしたが、延長PK戦では相手のキックを1本も止められず、チームは敗退した。
エピソード

2008年、OGCニースでプレーしていた時に母親が死去した。
フレデリック・アントネッティ監督はその2日後の試合を欠場することを薦めたが、自ら出場を懇願したために国中の尊敬を集め、その試合で見事な活躍をした。
2010年8月にはフランス代表のチームメイトのカリム・ベンゼマとともにFIFA 11フランス版の表紙に採用された。
2018年8月24日早朝、ロンドン西部 グロスタープレイスで、パトロール中の警察官に飲酒運転によって逮捕された。
フランス代表で一緒のアントワーヌ・グリーズマンはインタビューで「ウーゴはあまりしゃべらないけど、彼が口を開くとロッカールームが静かになる」と語っていました。
背中で示すタイプのキャプテンのようです。
トッテナムは2020年プレミアリーグ第33節でエバートンと対戦し、相手のオウンゴールで1-0の勝利を収めた。
トラブルが起きたのは前半が終了した直後だ。
選手たちがドレッシングルームへ引き上げる中、ロリスが激昂しながらソン・フンミンに詰め寄り、2人は口論に発展。
チームメイトが慌てて止めに入る事態となった。
ハーフタイム直前にエバートンのFWリシャルリソンに危険なシュートを許した場面で、ソン・フンミンが守備を怠ったことが原因のようだ。
ロリスはインタビューで「ハーフタイムの直前に相手にチャンスを与えてしまったのは、しっかりプレスをかけなかったからだと思う。それにイライラさせられたけど、それがサッカーだ」と言及。
後半の開始時と試合終了時には2人が抱き合っている姿が確認されており、トッテナム主将は「試合後の僕らの間にはまったく問題がないことを見ただろう」と付け加えた。
また、プレミアリーグ通算200勝を達成したジョゼ・モウリーニョ監督は「ソンは素晴らしいやつだ。みんなソンのことが好きだ。だけどキャプテンとしては、もっとチームに貢献してほしいと頼まなければならなかったんだ」と説明している。
以前、選手たちに対して互いに厳しく要求し合うよう求めていた指揮官は、2人の口論を「美しいこと」と表現しつつ「それはチームが成長するために必要なことだ。そして個人として、より大きな人間性を得るためにもね。そういう反応が出ることに驚きはない」と語った。
プレースタイル
好不調の波はほぼなく、抜群の安定感でゴールマウスを守る守護神。
セービング技術や判断力も優れ、ゴールエリアを果敢に飛び出してチームを救う能力は高く評価されている。
また大舞台にも強く、神がかり的なセーブでチームを鼓舞する姿はキャプテンそのものだ。
もちろん特筆すべきはシュートストップの技術の高さ。
至近距離からのシュートにも驚異的な反応を見せ、あ、決められたと思ったシーンを何度も何度も救われています。
何年も試合に出ていて何十試合もこなしていれば一切ミスなしとは言いませんが、世界最高のゴールキーパーの一人であると言えるだけの存在感は放っていると思います。
また、ポチェッティーノ指揮下ではビルドアップでも積極的に参加するようになり、ボール扱いも大きく成長。
ミスの多さが指摘されることもあるが、イギリス『スカイスポーツ』は以下のように評価している。
『Sky Sports』
「DFラインの背後をケアする能力は彼の武器のひとつだ。
背後へ入ってくるボールをインターセプトするために状況を読む必要があるだけでなく、飛び出して対処するためのスピードも持っていなければならない。
これは重要なスキルであり、シティGKエデルソンもこういった状況への対応に優れている。
Optaによれば、エデルソンは今季40度も背後へのボールを処理しており、これはリーグ最多。
そして、それに次ぐ2位がロリスなのだ(32度)。
さらに、ロリスの3シーズン総計は106度で、これはリーグ最多。成功率でも平均96.2%を叩き出している。
(つまり、ロリスはそのプレースタイル上ミスの数も多くなっているということのようだ)」
「明らかな決定機阻止のために飛び出すことはリスクが付き物だ。
失敗した場合には、無残な姿をさらすことになる。ロリスがストーク戦でやったように。
GKライン上に留まっているほうが批判は受けにくい、目につく様な(飛び出しでの)ミスを避けられるからだ。だが、それは正しい振る舞いではない」
「ディストリビューションについても同様だ。
ロリスは後ろからの組み立てを期待されており、今季自陣内でのパス数が彼以上なのはエデルソンしかいない。
両者ともこれを得意としており、パス成功率が90%を超えるレギュラーGK4人のうち2人は彼らだ。
そして、ロリスはこの3シーズンで700本以上のパスを試みており、これはリーグ最多。そして、ミスパスもどのGKよりも多い(244本)。
ポチェッティーノもペップも、(GKのこの種のミスは)彼らが標榜するプレースタイルを実行するための対価だと見なしている(リスクとして承知している)。
ロリスについても、これが核心といえるだろう。
ミスの多さは憂慮されるべきで、その一部は免責されない。だが、それ以外のミスはそのプレースタイル的に当然の結果だ。
逆説的ではあるが、ロリスはミスしがちな傾向があるのと同時にトップクラスのGKといえるだろう」