概要
国籍 | ![]() |
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生年月日 | 1986年2月10日(37歳) | ||
出身地 | サンタ・マルタ | ||
身長 | 178cm | ||
体重 | 72kg |
Radamel Falcao
ポジションはフォワード(センターフォワード)。
利き足は右。
愛称は「エル・ティグレ(虎)」、「南米の虎」。
2010年代に活躍したコロンビア代表のストライカー。
ポルトやアトレティコ・マドリード、モナコで活躍し、UEFAヨーロッパリーグで2度の得点王に輝き、コロンビア代表の歴代通算最多得点記録を保持するストライカーである。
獲得タイトル
クラブ
- CAリーベル・プレート
- プリメーラ・ディビシオン : 1回 (2007-08)
- FCポルト
- スーペル・リーガ : 1回 (2010-11)
- タッサ・デ・ポルトガル:2回 (2009-10, 2010-11)
- スーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ : 3回 (2009, 2010, 2011)
- UEFAヨーロッパリーグ : 1回 (2010-11)
- アトレティコ・マドリード
- コパ・デル・レイ : 1回 (2012-13)
- UEFAヨーロッパリーグ : 1回 (2011-12)
- UEFAスーパーカップ : 1回 (2012)
- ASモナコ
- リーグ・アン : 1回 (2016-17)
代表
- U-20コロンビア代表
- 南米ユース選手権 : 1回 (2005)
個人
- タッサ・デ・ポルトガル得点王 : 1回 (2009-10)
- UEFAチャンピオンズリーグベストゴール : 1回 (2009-10)
- UEFAヨーロッパリーグ得点王 : 2回 (2010-11, 2011-12)
- FIFA FIFPro World XI:1回 (2012)
経歴
クラブ
幼少期はファイル・プライというサッカーチームでプレーし、その後トゥンハにあるランセロス・ボヤカの下部組織に入団。
U-17コロンビア代表でプレーしていた15歳の時にアルゼンチンのリーベル・プレートに引き抜かれた。
19歳だった2005年3月6日、レイナルド・メルロ監督率いるトップチームで出場機会が訪れ、インスティトゥート・デ・コルドバ戦でデビューしてその試合で2得点を決める順調なスタートを切ると、アペルトゥーラ2005シーズンは7試合で7得点を挙げて高評価を得た。
2005年シーズンは11試合に出場して7得点し、そのうちの4得点はレオナルド・アストラーダに代わって途中出場してからの得点であった。
2006年いっぱいと2007年の前半は以前のコンディションに戻すのに苦しんだ。
この時期は彼のキャリアの中で最も困難な時期であり、2006-07シーズンは25試合に出場して3得点しか挙げられなかった。
2007‐2008シーズンには公式戦19ゴール、2008‐2009シーズンには16ゴールを決め、南米ベストイレブンに選ばれるなどの活躍を見せます。
2009年7月15日、リサンドロ・ロペスをリヨンに放出したことで前線が手薄になっていたスーペル・リーガのFCポルトに移籍した。
25得点でシーズンを終えたが、ベンフィカのオスカル・カルドソに1得点差で得点王を逃した。
2010-11シーズンはヨーロッパリーグでは準決勝1stレグのビジャレアル戦で自身初の4得点を挙げ、大会通算15得点とし、UEFAカップ時代の1995-96シーズンにユルゲン・クリンスマンが記録した大会記録に並んだ。
続く2ndレグでも1得点を挙げ、大会記録を更新した。
決勝のブラガ戦でも得点し、最終的に17得点という記録を樹立した。
2011年8月にセルヒオ・アグエロの後釜を探すアトレティコ・マドリードにクラブ史上最高額となる移籍金4000万ユーロ、5年契約で移籍。
ポルト時代に続いての2季連続のヨーロッパリーグ制覇を成し遂げ、また自身も2季連続得点王に輝いた。
リーグ戦ではリオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドに次ぐ得点ランキング3位となる24得点を記録した。
レアル・マドリードやチェルシー、マンチェスター・シティ、マンチェスター・ユナイテッドといったスペイン国内外の強豪が獲得に動いたが、2013年5月31日にモナコに5年契約で移籍決定。
移籍金は6000万ユーロともいわれる。
2014年1月22日、対モンドール・アゼルグ・フット戦(○3-0、フランス杯)でラフプレーを受けて左膝前十字靭帯を損傷する重症を負った。
その試合から三日後の25日に行なわれた手術が成功したものの、全治6ヶ月から7ヶ月の重傷であったため、2014年ブラジルワールドカップまでの復帰に間に合わず、最終登録期限において選出外となった。
2014年9月2日、2014-2015シーズンのモナコからの期限付き移籍でマンチェスター・ユナイテッドへの加入が決まった。
しかし、マンチェスター・ユナイテッドでは負傷の影響もありまったくと言っていいほど活躍できず、2014-15シーズン終了後の完全移籍のオプションを行使しないことをマンチェスター・ユナイテッドは発表した。
2015年7月3日、ASモナコからの期限付き移籍でチェルシーへの加入が決まった。
シーズン序盤は交代出場で出場機会を得ていたが、2015年10月末のリヴァプール戦を最後に負傷離脱を強いられた。
2016年4月9日のスウォンジー・シティ戦では約5カ月ぶりの復帰を果たしたものの、それがチェルシーでの最後の出場となった。
合計ではリーグ戦10試合に出場して1ゴールを記録。
まったくと言っていいほど活躍できず、2016年7月1日に契約満了に伴い退団したことをクラブ公式サイトで発表した。
2016-17シーズンはモナコへ復帰した。
2016-17シーズンはリーグ戦29試合21得点とモナコのリーグ・アン優勝に貢献、チャンピオンズリーグでは10試合7得点、トータルでは43試合30得点を挙げた。
2019年9月2日、ガラタサライSKと3年契約を締結したことが発表された。
2021年9月4日、ラージョ・バジェカーノと契約した。
代表
2005年にコロンビア代表デビューした。
2007年のキリンカップで来日し、日本戦に途中出場した。
モンテネグロ戦 (1-0) ではこの大会チーム唯一の得点となる代表初得点を決めた。
CAリーベル・プレートでの好調からコロンビア代表でも一定の地位を確保し、2010 FIFAワールドカップ・南米予選全試合に招集された。
2009年6月10日、2010 FIFAワールドカップ・南米予選のペルー戦 (1-0) で決勝点を挙げた。
2013年10月11日の2014 FIFAワールドカップ・南米予選のチリ戦では、後半30分1-3のビハインドから2得点を挙げて引き分けとし、コロンビアの4大会ぶりのワールドカップ出場決定に大きく貢献した。
しかし、2014年、負傷の完治が最終登録期限に間に合わずワールドカップ本戦には選出外となった。
キャプテンを務めることもある。
2017年6月7日のスペインとの親善試合で代表通算26得点目を挙げ、コロンビア代表の最多得点記録を更新した。
2018年FIFAワールドカップロシア大会、一次リーグ第1戦日本戦でワールドカップ初出場を果たし、第2戦ポーランド戦ではゴールを決める活躍を見せた。
2023年代表に選出、3月28日(大阪府大阪市住吉区・ヨドコウ桜スタジアム)の日本代表戦に出場した。
エピソード
キリスト教徒であり、暇な時間には聖書を読むことを欠かさない。
サッカーへの真摯な姿勢とプロ精神を学んだとして、リーベル・プレート時代とアトレティコ時代に指導を受けたディエゴ・シメオネを自身の人生に大きな影響を与えた人物に挙げている。
2014年6月、アメリカの経済誌フォーブスは世界のアスリートの年収を公表した。
ファルカオの年収は3540万ドル(約36億円)であり、世界のアスリートの中で15位。
サッカー選手の中ではクリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシ、ズラタン・イブラヒモビッチ、ガレス・ベイルに次ぐ5位。
幼少期はベネズエラに住んでいたこともあり、野球もプレーしていた。
本人は「ベネズエラにいたら、サッカーではなく野球を選んでいただろう」「もしサッカー選手を引退して野球選手に転向したらマイケル・ジョーダンみたいになれるだろ⁉︎」と語っている。
2017年5月、ESPNは世界で最も有名なアスリート100人を発表し、46位に選出された。
サッカー選手としては17位。
元レアル・マドリードのイバン・サモラーノは、リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウド、ウェイン・ルーニーらを「新時代のストライカー」と表現したのに対し、ファルカオを「世界で最後の偉大な典型的センターフォワード」と評した。
パウロ・フットレもまた、メッシやロナウドとは違う、よりクラシックなストライカーであると語っている。
プレースタイル
ポジショニングセンスが光り、左右両足から非常に高い精度のシュートを放つことができるストライカー。
ファルカオのプレースタイルで特徴的なのは「獣のようなゴールへの嗅覚」、「シュートパターンの豊富さ」、「効率的になったポジショニング」、「ボールを収める技術」といったところです。
ファルカオは2014年ブラジルワールドカップ前に靭帯を断裂する大怪我を負いました。
それまでのファルカオのプレースタイルは抜群の身体能力とスピード、ジャンプ力などを活かし、強引に相手のボックスをこじ開ける絶対的なストライカーで「エル・ティグレ(スペイン語で虎)」と呼ばれるほど凄まじいパワフルさを武器とするタイプでした。
2016‐2017復活を遂げたモナコでもそのゴール嗅覚は健在で、自分の所にボールがこぼれてくるポイントを本能的に嗅ぎ分けゴールを量産しています。
しかし復活後のファルカオのプレースタイルは過去とは微妙に異なっています。
現在のモナコでは以前のような強引さをあまり出さず(出せず?)、効果的にスペースを探しより少ないボールタッチでゴールをしとめ切る「ゴールハンター」のようなプレースタイルに変貌しています。
ポジショニングも以前よりディフェンダーの左右の隙間、アンカーとセンターバックの隙間を縫うような動きを増やしており、ソリッドにゴールに向かっています。
虎は虎のままですが年齢を重ねて狡猾さが増し、より効率的な狩りができるようになった印象です。
モナコは若いチームで後ろの選手の運動量も豊富ですからよりファルカオの効率的にゴールに迫るプレーが光っています。
ファルカオは、ディフェンスとの駆け引きが上手いことでも有名。
上手く相手ディフェンスの裏を取り、良い形でボールを受けるシーンが目立ちます。
試合中に何度も動きなおして、背後を狙うシーンは見ごたえがあります。
地味な部分かもしれないですが、注目してみると面白いと思います。
このポジショニングやディフェンスとの駆け引きがファルカオの最大の武器だとも言えます。
そしてシュートパターンの豊富さは昔からファルカオの武器でしたが、これは今でも変わっていません。
崩れた体制からのシュート、左足、右足、ドッカンミドル、カットイン、ループシュートなどなど状況に合わせてありとあらゆる種類のシュートを打てます。
もちろんフリーキックも強力です。
身長は178cmでセンターフォワードとしては小さめですが本人も自負しているようにヘディングの技術が高く、空中戦でも強さを見せます。
両足、ヘディング、ボレーと多彩な得点パターンを持っており、ラダメル・ファルカオ選手にボールを渡せば決めてくれる安心感があります。
アクロバティックなプレーや華麗なループシュートもあり、見る者を楽しませてくれる選手と言えるでしょう。
相手からすれば、ラダメル・ファルカオのような選手がいることは嫌でしょう。
ファルカオ本人は自らの長所をポジショニングと瞬発力であると考えており、またヘディングに関しては「大の得意」と自信を持っている。
またセンターフォワードにとって重要な仕事であるポストプレーにも一定のクオリティがあります。
ポストのパターン自体は多いとは言えないですが、ボディバランスが良く楔のパスをしっかり受け止めて保持してくれるので得点だけでなく攻撃の起点にもなれます。
コロンビアにはハメス・ロドリゲスなど優秀なパサー兼2列目スコアラーがいるのでポスト関連の連携が非常に驚異的でした。