概略
国籍 | ![]() |
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生年月日 | 1983年7月24日(37歳) | ||
出身地 | ローマ | ||
身長 | 184cm | ||
体重 | 83kg |
ポジションはミッドフィールダー(センターハーフ、ディフェンシブハーフ)、ディフェンダー(センターバック)。
利き足は右。
愛称は「キャプテン・フューチャー」。
ローマ生まれのローマ下部組織育ち。
23歳でW杯ドイツ大会で優勝も経験。
2009年にフランスのスポーツ紙レキップは、世界で8番目に優れたミッドフィールダーにデ・ロッシを選出した。
2007年にイタリア共和国功労勲章(カヴァリエーレ)を授章した。
獲得タイトル
クラブ
ローマ
- Coppa Italia: 2006–07, 2007–08
- Supercoppa Italiana: 2007
代表
イタリア代表
- FIFA World Cup: 2006
イタリア代表ユース
- UEFA European Under-21 Championship: 2004
- Olympic Bronze Medal: 2004
個人
- Serie A Young Footballer of the Year: 2006
- Serie A Italian Footballer of the Year: 2009
- FIFA FIFPro World XI Nominee: 2009
- Italian Athlete of the Year: 2010
- UEFA Euro Team of the Tournament: 2012
経歴
クラブ | |||
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年 | クラブ | 出場 | (得点) |
2001-2019 | ![]() |
459 | (43) |
2019-2020 | ![]() |
5 | (1) |
通算 | 464 | (44) | |
代表歴 | |||
2001 | ![]() |
3 | (2) |
2002 | ![]() |
4 | (0) |
2003-2004 | ![]() |
16 | (3) |
2004 | ![]() |
4 | (1) |
2004-2017 | ![]() |
117 | (21) |
クラブ
2001-02シーズンにプロデビューを果たし、翌2002-03シーズンにはセリエAでデビューした。
ASローマでは、2007年と2008年にコッパ・イタリアを優勝し、2007年にスーペルコッパ・イタリアーナを制した。
2006年にセリエA若手サッカー選手賞、2009年にイタリア人サッカー選手賞を受賞し、2017-18シーズンより引退したフランチェスコ・トッティからキャプテンを譲り受け、ローマをUEFAチャンピオンズリーグ2017-18でのベスト4進出に導いた。
2018-19シーズンをもって18年間在籍したローマから退団した。
ローマで公式戦に616試合に出場し、これはトッティに次ぐローマ史上2番目に多い記録である。
その後、2019年夏にアルゼンチンのボカ・ジュニアーズに加入し、2020年1月に引退した。
代表
イタリア代表では、U-19・U-20・U-21とA代表でプレーした。
UEFA U-21欧州選手権2004で優勝し、2004年アテネオリンピックでは銅メダルを獲得した。
2004年にA代表デビューしてから2017年の代表引退までにイタリア代表史上4番目に多い117キャップを獲得した。
代表での21得点は、第二次世界大戦後のイタリア代表ミッドフィールダーで最多であり、アドルフォ・バロンチエリに次ぐイタリア代表ミッドフィールダー史上2位の記録である。
2006 FIFAワールドカップの優勝メンバーの1人でもあり、UEFA EURO 2008、FIFAコンフェデレーションズカップ2009、2010 FIFAワールドカップ、UEFA EURO 2012、FIFAコンフェデレーションズカップ2013、2014 FIFAワールドカップ、UEFA EURO 2016にも出場した。
UEFA EURO 2012では大会優秀選手の1人に選ばれた。
FIFAコンフェデレーションズカップでは通算2得点を記録しており、これはマリオ・バロテッリとジュゼッペ・ロッシと並んでイタリア代表最多得点である。
エピソード
クラブの「王子」フランチェスコ・トッティと共にプレーし、強固な関係を作り上げてきた。
その先輩についてデ・ロッシは以下のように話し、トッティが普通の人間だと思える事自体が贅沢だと語った。
(スパレッティ監督はトッティをメンバーから落としてメディアから攻撃されたね?)
「あれは異常な状況だったね。まるでそれが唯一存在し得る話題であるかのように、巨大な圧力だった。
僕はそれは間違っていたと思う。全ての人々がどちらかの意見に同調しなければならないようなものだった。
ママが好きか、パパが好きか。そう聞かれるようなものだよ。僕は決して介入することはなかった。
自分にも意見はあったし、それはまだ心の中にある。ただ、それはただの一つの意見だ。多くの人々の中でね。
僕が何かを話すことで、誰かを助けられたのか?」
「この16年間、僕はアイドル以上の存在であるトッティと共にプレーするという、最大の贅沢を得られた。
彼は普通の選手ではない。しかし、毎日彼と共にいることは、トッティが普通の人間であると思わせてくれるほどのものだった。
敵から守らなければならなかった時、僕はトッティを守った。
トッティと議論をしなければならなかった時、僕はそうした。
何かうまく行っていなかった時、僕はそれを話した。
愛情を見せなければいけなかった時、僕はそうした。
そして、彼に『バカだな』と言わなければならなかった時も、僕はそうした。
これは、ローマにいる誰もが与えられなかった贅沢だよ。なぜなら、『トッティが靴紐を結べなかった』と君が言えば、まるで国王を侮辱したようなものだからね」
(トッティがいるため、君は今でも『将来のキャプテン』だね。それは重荷になった?)
「彼が引退するにしても、そうでないにしても。キャプテンマークがどうなるにしても、僕は関心がない。腕章を付けなくても主将たり得ると思う。『副』であっても、偉大なキャプテンになれる。
そのようなもの全てを含めて、我々の間には何の衝突もないよ。同じ役割の選手なら競争もあっただろうけどね。
サッカーの点で言えば、トッティのライバルなどいないと世界中で認識されている。
人々の心の中で、彼は特別な存在だ。300ゴールを決めて、誰にでも愛されている。
300ゴールを決められないから、僕は誰にでも愛されるわけではない…というわけではないけどね。
加えて、僕の個性が意味するところで、時々言ってはならないことを言ってしまう点もあるけれど」
2019年ローマを退団し、J1神戸入りの噂も挙がっていた元イタリア代表MFダニエレ・デ・ロッシ。
セリエA最終節のパルマ戦は文字通り“祝別試合”となった。
キャプテンにして心の芯までロマニスタである選手の退団を惜しみ、「オレたちはみんなDDR」などといったバナーがゴール裏に掲げられる。
試合後には退団セレモニーのようなものも行われ、幹部を務めるフランチェスコ・トッティと涙の抱擁を交わしたシーンは話題となった。
しかしその数日後、まさかの記事がイタリア中を震撼させることになった。
日刊紙『ラ・レプッブリカ』は30日、デ・ロッシとトッティとの間に確執があり、それどころか一部選手と結託してトッティやエウセビオ・ディ・フランチェスコ監督、モンチSDの退団を企てていたなどというスクープ報道が出たのである。
話はシーズン前にさかのぼり、同じ守備的MFであるスティーブン・エンゾンジの獲得にデ・ロッシが憤慨し「解決をしなければチームを10位で終わらせてやるよ」などとクラブに圧力を掛けたと報道。
さらにその後、シーズンに入って昨年の12月16日、「ジェームズ・パロッタ会長と仲が良い」とされるアメリカ人のフィジオセラピストが、「デ・ロッシ、ジェコ、マノラス、コラロフの4人が監督とSD、そしてトッティのクビを求めているという告発メールをボストンに送った」というのだ。
さらにチャンピオンズリーグ敗退後、故障者の多さの責任を取らされフィジオセラピストの1人が解任。
デ・ロッシがその男と仲が良かったことから、トッティとの仲に完全な亀裂が入ったなどと報じられている。
さすがにデ・ロッシも、黙殺するわけにはいかなかった。
旅行中の日本からクラブと弁護士にすぐ連絡を取り、『ANSA通信』を通し声明を発表。
「自分に関するエピソードが捻じ曲げられて報道され、非常に憤慨を覚えている。デタラメだ。断りは入れたがローマは自分に幹部職のオファーをしてくれたというのに、自分の退団がグロテスクなもののようにされている」と、法的措置を取る意向を表明。
そして「フランチェスコとの大きな友情に影を投げるような真似をされたのは初めてじゃない。けどいい加減、真面目にやれよと言いたいね」と報道に怒りを表明していた。
これは、ローマという街とクラブを取り巻く環境の複雑さを表したものでもある。
クラブの象徴の1人だったデ・ロッシの退団に、ファンは憤慨し敵意をクラブに向けている。
こういうものがいたずらに煽られ、クラブへの圧力行為として利用されてしまう面があるのがローマの特殊な事情だ。
スクープ記事の存在は、そんな事情の存在を物語る。
プレースタイル
優れたフィジカルでのハードマーク、正確な両足からの展開力を備えた総合力に優れたMF
対人プレーに優れており、潰し・マンマーク・空中戦に長けており、スライディングからのボール奪取も上手いです。
また長短のパスでゲームを組み立てることもできます。
攻守に貢献できる総合能力と運動量も魅力。